『アインシュタイン その生涯と宇宙 下 [単行本]』
訳者からの事情のご説明, 2011/7/15
レビュー対象商品: アインシュタイン その生涯と宇宙 下 (単行本)
私は本書の上巻の5-11章の翻訳を担当した松田です。この下巻の12,13,16章、特に13章を巡る、滑稽かつ悲惨な内部事情を知っている範囲でのべ、読者にお詫びをすると同時に、監修者と訳者の恥を濯ぎたいと思います。
本書の翻訳は数年前に監修者の二間瀬さんから依頼されました。私は自分の分担を2010年7月に終えました。翻訳権が9月に終了するので急ぐようにとのことでした。ところがいっこうに本書は出版されず、今年6月になり、いきなりランダムハウスジャパンから、本書が送られてきました。そして13章を読んだ私は驚愕しました。
私は監修者の二間瀬さんに「いったい誰がこれを訳して、誰が監修して、誰が出版を許可したのか」と聞きました。二間瀬さんは運悪くドイツ滞在中で、本書を手にしていませんでしたので、私は驚愕の誤訳、珍訳を彼に送りました。とくに「ボルンの妻ヘートヴィヒに最大限にしてください」は、あきれてものもいえませんでした。Max BornのMaxを動詞と誤解しているのです。「プランクはいすにいた。」なんですかこれは。原文を読むと、プランクは議長を務めたということだと思います。これらは明らかに、人間の訳したものではなく、機械翻訳です。
先のメールを送ってから、監修後書きを読んで事情が少し分かりました。要するに12,13,16章は訳者が訳をしていないのです。私は編集長にも抗議のメールを送りました。編集長の回答によれば12,13,16章は、M氏に依頼したが、時間の関係で断られたので、別途科学系某翻訳グループに依頼したとのことです。ところが訳のあまりのひどさに、編集部は監修者に相談せずに自分で修正をしたようです。12,16章の訳はひどいなりにも、一応日本語になっているのはそういうことだと思います。ところが13章は予定日までに完成しなかったらしく、出版期限の再延期を社長に申し入れたが、断られた編集長は、13章の訳稿を監修者に送ることもせずに、独断で出版したらしいです。重版で何とかしようとしたようです。出版を上巻だけにして、下巻はもっと完全なものになってからにすればよかったのに、商業的見地からは、上下同時出版でないとダメだそうです。
二間瀬さんは社長に、強硬な抗議文を送り、下巻初版の回収を申し入れました。社長も13章を読んでみて驚愕したようです。そして回収を決断しました。
自動車のリコールがときどき問題になります。そして社会的指弾を浴びます。しかしあれは発売時点では欠陥に気がついていなかったはずです。ところが本書の下巻は、発売時点で、とても商品として売れるものでないことは明らかでした。本書下巻を2000円も出して買った読者は、怒るに違いないと、二間瀬さんに指摘しました。またアマゾンで書評が出たら星一つは確実だとも述べました。
本書の原書は名著です。私は自分の担当の部分を訳して、とても勉強になりました。ですから本書は日本の図書館に常備されるべき本だと思います。ところがこの13章の存在のため、もし初版が図書館に買い入れられたら、監修者と訳者の恥を末代にまで残すことになります。より完全な下巻の完成を期待しています。
出版業界の内情的なドタバタが表に出る事は結構あるけど、それを裏付けるモノってのはなかなかない。そういう点では、商品が物的証拠となっているあたり、非常に希有な事例。酷い翻訳をした「科学系某翻訳グループ」ってどこだよとかツッコミ入れたくなるけど、それはさておくとして。一応[リリースも出ていて]下巻は回収・修正版と引き換えという話なんだけど。
正直「こんなことまであるのかなあ」というのが率直な感想。当方が昔、ゲーム系のライターをやっていた時には、海外からの輸入・移植ソフトの中に、説明書が今件に近いレベルの翻訳(それこそ暗号を解くかのような気分で読まないと理解できない日本語)のもあったけどねぇ。
......ということは、今も昔も変わらないのかな。むしろ、中途半端に性能のよい、自動翻訳ソフトなりサービスが出ているから(そして出版業界そのもののお金周りも改善されているとは思えないので)、事態は悪化しているのかもしれない。こんなことされると、ますます書籍離れが進んでしまうのだけどな。原作が良いモノだけに、余計に残念。
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