民営化に際し、利用者に約束されたのは、水道料金の引き下げだけではなかった。10年以内に水道普及率を100%にすること、当初10年は実質的に料金の値上げを行わないこと、25年間で75億ドルの新規投資を行うこと、すべての水道利用者に3年以内に保健基準省の基準を満す水質で水を24時間、間断なく提供すること、当初10年間で無収水率(料金を回収できない水消費の率)を56%から32%に減らすこと、25年以内に80%の地域で衛生状態と環境を改善するために効果的な下水処理プログラムを実施すること、25年間で40億ドルの税収をもたらすことなどが、民営化の恩恵として約束されたのである。(表1にて上下水道サービスおよび浄化槽の普及率の現状と、25年間の委託契約の実施目標値を参照)
民営化後、まず行われたのは雇用削減であった。当初5400人いた職員は2000人にまで削られた。 3000人あまりの職員は職を追われたり、退職制度を利用するよう強いられ、その多くがいまだに失業中である。民営化から5年後の2002年12月、マニラッドの撤退が、この民営化の失敗を決定付けた。しかしそれ以前から、いくつもの兆候が失敗を示唆していた。
●水道料金の高騰
2003年1月までに、マニラッドの水道基本料金は1立方メートルあたり21.11ペソと、当初の4倍に跳ね上がり、マニラ・ウォーターの場合は1立方メートルあたり12.21ペソと、ほぼ500%にまで上昇した。民営化後初めて料金の値上げが承認されたのは2001年の10月である。これは、1997 年のアジア通貨危機によって二社が被ったペソ暴落による外国為替上の損失を埋め合わせるために損失の発生した四半期のみに適用を認められた値上げで、二回目の値上げは2002年に行われた料金の算定基準の改正によるものだった(図1、2参照)。
MWSSの外貨建て融資の90%を引き継いだマニラッドが値上げを承認されたことは、政府がひいきにする民間企業、ロペスの救済策だとの見方が大方であった。2001年3月、マニラッドは一方的に、月々2億ペソ(US400万ドル)の委託契約金の支払いを停止し、料金値上げ後も支払いを再開しなかった。料金を上げてもマニラッドの収支は改善しなかったのである。そして、その責任はフィリピン政府が引き受けることになってしまった。つまり、MWSSの民営化で民間に委譲されたのは利潤だけで、リスクの大部分は委譲されずに政府が抱え続けていたのである。
エンロンの件をはじめ、探せば山ほど出てくる、インフラの完全自由化による弊害。原則論的な資本主義経済の仕組みが働けば、頃良いほどに安上がりで程良い安定度が得られるってのが理想論なんだけど、人間の欲望は定理に従うとは限らないし、イレギュラーなことは山ほど起きうる。ゲームだとそのあたりをイベントだの乱数で処理しているけど、実社会でそういうことが起きたらたまらない。
ましてや、サービスの提供ではなく収益の確保を一義的に求める営利企業が独占したらどうなるか。その良い一例が挙げられている。ちょいとばかり長いけど、読む価値はあるよ。
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