●きっかけはクイズ番組だった
1988年11月に放映されたクイズ番組で、前イースター島知事セルジオ・ラプ氏より"日本の皆さんへ"と題したテロップが流された。「クレーンがあれば倒れたモアイ像を起こせるのに」。この番組をたまたま見ていた、当社の社員が、自社で製造しているクレーンをイースター島に持ち込んで、モアイ像を立ててあげればいいのになあと考えた。
●駐日チリ大使館訪問
1990年、駐日チリ大使を訪問して本計画を提案し、協力を仰いだ。この調査過程で、最初の大きな壁にぶつかった。イースター島には大型貨物船が停泊できる港がないため、50トンものクレーンを島に搬入できない事が判明したのである。担当者はこのハードルを乗り越えるために、次の事を考え出した。海が無理なら空があると。イースター島には、アメリカがスペースシャトル緊急着陸用に整備した3千メートルの滑走路を持つマタベリ空港がある。クレーンを乗せた軍用機をこの空港に着陸させようと考えた。このアイデアと共にチリ政府に協力を要請した。
先日紹介した【チリが被災地にモアイ像を進呈】に連動するお話として。建設機器の製造販売を行うタダノが、イースター島のモアイに関し、長期にわたり貢献をしていたという話。当方も「そういやそんな話を昔、ちらりと聞いたことがあるような......」くらいには覚えていたけど、こういう話だったとはねえ......。もっと多くの人に知ってほしいため、覚え書き。
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