①一連の朝日新聞の訂正で一番気を付けねばならないのは、「間違いを認める事」と「間違いに対する謝意を述べる事」「謝意の対象となる間違いを繰り返さない対処をする事」は別物ってことね。
— 不破雷蔵(懐中時計) (@Fuwarin) 2014, 8月 7
...ということで先日から色々と取り上げている朝日新聞の「誤報」問題。なぜこのタイミングでとか色々と突っ込む要素はダース単位であるんだけど、一番の問題を先日ツイートしたのでまとめ&補足。ウェブ上の記事では無く、全体の要旨として紙媒体の新聞に掲載された関連記事全体として、という意味で(結局、そちらが本心全体だからね)。
②例えば同僚のプリンを知ってて勝手に食べてそれがバレた際に「俺が勝手に食べたのは悪い事だ」と認識表明するのは「間違いを認める事」。「勝手に食べてごめん。悪かった」と頭を下げるのは「謝意を述べる事」。「今後予め自分の分を余計に買っておく」「名前を確認してから食べる」は「対処をする」
— 不破雷蔵(懐中時計) (@Fuwarin) 2014, 8月 7
③今件では単に「間違いを認める事」だけで、事実上謝意は述べてないのね。それどころか「プリンを放置しておくのが悪い」「他にも他人のプリンを食べた例はあっただろう」と開き直るような感じ。
— 不破雷蔵(懐中時計) (@Fuwarin) 2014, 8月 7
④30余年も繰り返し強い指摘を受けながら何の検証もせずに押し通したこと、担当責任者が辞めた途端に動き出したこととか、色々と他にも問題はあるけど(プリンの例なら「これまでに無くなったプリンはグロス単位に及んでいる」「プリン騒動で会社内で騒乱が起き数人退社してしまった」とかね)、
— 不破雷蔵(懐中時計) (@Fuwarin) 2014, 8月 7
⑤最大のポイントはここね。間違いを認めても、謝意を事実上述べていない以上、同じような間違いを意図的に繰り返す可能性は多分にある。その間違いが悪い事である、やってはいけない事との認識が無いのだから。
— 不破雷蔵(懐中時計) (@Fuwarin) 2014, 8月 7
http://t.co/nLYKM0Hrlh RT @Fuwarin: ⑤最大のポイントはここね。間違いを認めても、謝意を事実上述べていない以上、同じような間違いを意図的に繰り返す可能性は多分にある。その間違いが悪い事である、やってはいけない事との認識が無いのだから。
— 高木弘樹 (@takawokukuru) 2014, 8月 7
最後にメンションのあった面堂のポーズがまさに適切なイメージカットで、状況的には実はこれですらない(訂正しただけで「悪い」という明確な認識を表明したわけじゃないからね)。このような態度をした相手が、同じようなことを再び繰り返さないと、誰が確証をもてようか。
加えるなら、今件ではマッチポンプ的なものが多分にあるにも関わらず、それに係わる言及もないどころか、自らも被害者であったかのような表明をしているのも気になる。いわく、
「結局、一番得をしたのは放火魔どもだった」という印象が拭いきれず、実に不愉快なのが、現時点での私の感想。
— 名無しブラックハンド総帥 (@nns_blackhand) 2014, 8月 7
というところ。
...まあ、あれだ。自らを「クオリティーペーパー」と称していた時期の大部分において、このようなことをしていたことが明らかになった以上、「勇気ある告白、判断」だけで終わり、というのは、やはり違うよなあという感は否めない。場合によっては例の「椿事件」以上の問題として提起され、各方面での対処が必要になるのではないかな。
仮にも「文化」を自称する媒体の、超大手であるのならば。
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