あ、これは自滅傾向に入ったなと判断したあともひとはなかなかしぶといところを見るにつけ、誰か個人を仕事から「干す」とか「潰す」というのはまずできないことなのだと思った。
— 伊藤 剛 (@GoITO) 2014, 11月 5
話のとっかかりがいくぶん突拍子も無いように見えるけど、実のところ直前まで実名を挙げて色々と類似の話について語られ、その関連で......という流れ。その直前の部分は今件の話においては、肉づけにはなるけど骨子には該当しないので省略。
法人単位でのやり取りでも時折、大手が小規模事業者に対して語られる場面もドラマなどで見受けるけど、多くは企業の担当などが個人に向けて放つことが多い。あるいはベテランの自由業の人が、新人や意見の異なる同業者に語る場合とか、ね。で、今件はその「干す」「潰す」という言い回しは結構ライト感覚で使われる節があるけど、実態にはそうでは無い事を重々承知した方がいいよ、という話。
ライター等で仕事をしている若いひとに言っておくと、世話になってる目上のひとから「干す」の「潰す」の言われたところで怖いことなんか何にもないってことです。仮に面と向かって言われたら「やってみろよ。その覚悟はあるんだろうな」と言っていいところ。
— 伊藤 剛 (@GoITO) 2014, 11月 5
本当の本当に「干す」ことが成功した暁というのは、「干された」側にはもう失うものがなくなった状態じゃないですか。
失うものがなくなった人間の、どれほど恐ろしいことか。
— 伊藤 剛 (@GoITO) 2014, 11月 5
つまり「干す」の「潰す」の「仕事できなくしてやる」と言ってる本人は、はたして「殺される覚悟」があって言ってるかって話。これは比喩じゃなく言ってます。本当に、本気で「殺される覚悟」があるのかと。そのくらい重いことばなんですよ。
— 伊藤 剛 (@GoITO) 2014, 11月 5
現実に「オマエなんかこの業界から干してやる」と言って脅したひとが、逆に「じゃあオレに仕事が来なくなったらオマエのせいでいいんだな。オレに仕事がなくなったってことは、オレは生きて行けないってことだ。一人で死ぬかよ!」と詰め寄られて真っ青になって撤回したという話も知っています。
— 伊藤 剛 (@GoITO) 2014, 11月 5
「殺す」ようなことをほのめして脅すなんてことは許されることではないでしょう。しかし、では「干す」「潰す」「業界で仕事できなくしてやる」はどうなんでしょうか?
人一人の人生を狂わすようなことを、その場の勢いで言ってませんか?
— 伊藤 剛 (@GoITO) 2014, 11月 5
繰り返しますが、干す、潰す、業界で仕事できなくする、なんてほぼ不可能なんですよ。
— 伊藤 剛 (@GoITO) 2014, 11月 5
わたしのフォロワーの方にはよもや「干す」「潰す」「仕事できなくしてやる」と言って誰かを脅したひとはいないと思いますが、それ言ってしまうと「殺されるリスク」は飛躍的に上がると思います。リスクを負う覚悟が要るわりにはリターンの小さい物言いではないかと。
— 伊藤 剛 (@GoITO) 2014, 11月 5
万が一「オマエなんか干してやるからな」と脅されたら、まずは即座に「やってみろよ」と返すのが吉ということです。言うほうは「反撃してこないだろうう」という計算のもとで言ってますから、これだけでもひっくり返すことができます。
なんせ「殺されるリスク」まで背負うんですからね。
— 伊藤 剛 (@GoITO) 2014, 11月 5
業界にあることないこと誹謗中傷的な流言を流され、それを真に受けたひとから仕事先に「あんなキチガイを使うな」というご注進までされて、それでも生き残っているわたしが言うと説得力あるでしょw
— 伊藤 剛 (@GoITO) 2014, 11月 5
で、わたしを「干そう」とした彼がその後どうなったか。もはや「末路」と言っていい状態ですよね。
— 伊藤 剛 (@GoITO) 2014, 11月 5
「窮鼠猫を噛む」のことばもあるとおり、あんまりひとを追い詰めないほうがよいということです。とくに生殺与奪の範疇は要注意。
— 伊藤 剛 (@GoITO) 2014, 11月 5
例えば稲作農家なら「干す」ってのは言葉通り水を止められること。そうでもなったら雨が降ってこなければ自分の田んぼからの収穫は望めず、まさに命を絶たれてしまう。すでに一生食い繋げるだけの蓄財があるか、あるいは他の職のつてがある、あくまでも干された対象が副業的なものならともかく、まさにライフワーク的な、自分の技能を傾け、精魂込めてこなす類のものならば、日々の糧が無くなるという意味でも、生き甲斐を絶たれるという意味でも、「お前はすでに死んでいる」「はい、あんたの一生、終わった!」と宣告されたのにも等しい。
そういう宣言をされて、「はい、そうですね」と黙って引き下がれる人がどれだけいるか。そして「干す」「潰す」の言葉がそれだけ重きを持つことを認識したうえで語る人がどれだけいるか。特にこの言い回しは冒頭でも触れた通り、それなりに権限なり影響力を持つ人が語るものだから、言われた方は冗談と受け取れるはずもない。
心の髄からそう思うのなら、「干す」などの言葉を使ってもかまわないけれど、それなりの覚悟は必要。まぁ、見方を変えれば、その言葉を発した時点で、語った側は負けなんだけどね。
多少アグレッシブなところもあるけれど、匠の職を持つ人には、自分の手立て、業を否定する、糧道を絶つという発言が、どれだけ大きな意味を持つかは、知っておくべきだろうね。
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