月刊住職の新年号が届いた。今回は岐阜市のお寺の事が載っていた。件の菅直人氏の寄稿「歩きお遍路と福島原発事故」もあった。ゆっくり目を通そう。 pic.twitter.com/JEEHXl2iia
— 曹洞宗 千手院 (@senjuin1010) 2014, 12月 28
月刊住職の菅直人氏の寄稿を読んだ。「よくそんな事言えるなあ」というのが正直な感想。「官僚や対策チームは原子力の素人ばかりでアテにならない。私は原子力について知識があるから、自ら状況を把握することが重要と考えた」というようなことが書いてある。で取った行動がアレであった訳だ。
— 曹洞宗 千手院 (@senjuin1010) 2014, 12月 28
朝日新聞社の「二つの吉田問題」のうち「吉田調書」の内容公開によって、当時の実情がある程度把握できるようになった、震災直後の当時首相だった菅直人氏の、原発事故に絡んだ数々の挙動。どうお世辞で取り繕っても、状況が非常事態だったということで配慮を講じても、「こりゃアカンやろ」的なものだったのに加え、事案の進行時点から今に至るまで、その実態を「自己賛美」で埋め尽くしている。虚言癖というか、妄想癖というか、自分の考えが事実であるかのように自身を錯誤させて、自己暗示をかけた上で行動しているようにしか思えない......ってああ、これ既視感があると思ったら、先日のSTAP細胞の該当女史と行動性向が似てるんだ。精神学的にはこのような行動様式ってなんていうんだっけかな。
まあ、それはともかくとして。住職の方々の専門誌に、その元首相の談話が載っていたという。お遍路繋がりというのもあるのだろう。で、その内容は上記の通りで、自己弁護と虚言に満ちあふれている。まあ、寄稿だから誰もそれを検証して校正することもないし、だからこそ寄稿のスタイルで記事を寄せたんだろうな。
で、この類のものは正直罪悪。寄稿ぐらいいいじゃないかと思う人もいるだろうけど、既存の媒体に掲載されること自身に意味があり、問題であり、それを狙っている節がある。虚言でも文章化して残すことを蓄積して、それを事実のように仕立てようとする試みに見えるんだよね。文書が紙媒体なりの第三者からの出版物として展開されれば、それを一次ソースとして虚言情報が広まる可能性はある。また、それ自身を信じてしまう人もいるだろう。
「十分に大きな嘘を頻繁に繰り返せば、人々は最後にはその嘘を信じるだろう」とはゲッベルスの言でもある。意識的に、あるいは無意識かもしれないけれど、それをやってる感じなんだよね。覚えてる? この人が首相の座を辞して初めてやったのは、海外新聞社へのインタビューにおける、今件と同じく事故当時の関係者への叱責と、反原発活動への誠意表明なんだよ。
まぁ、同日に、
「何で俺が来たと思っているのだ」原発作業員に向けた激高 政府の原発事故調・検証委の調書で浮かぶ「イラ菅」と政府の混迷ぶり - 産経ニュース http://t.co/WCDzyNNYrf @Sankei_newsさんから
— 不破雷蔵(懐中時計) (@Fuwarin) 2014, 12月 28
一般の人の前で言ったので、イラ菅にしても今日はひどすぎると思った。秘書官なんかもみんなびっくりしたと思う。つまらないことで怒鳴ってみたり、終始ひどかった。大荒れだった。菅氏の態度については大変遺憾だと思う。特に民間人に「一体何のために俺がここに来たと思っているのだ」は本当に呆れた。
非常に遺憾なのは、(菅首相は)打ち消しにかかって「あの日以外はほとんど冷静だった」と朝日の記事で言わせたり。ということは、あの日は激高したということでしょう。
などという話がニュースとして掲載されたのは、何かの因果なのかな。
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