この頃テレビ番組があまりに下らない。笑いを取ろうとするタレントの発言は面白くないばかりか何だか寂しい。ましなのは放送大学だ。聞いたこともない歌人が聞いたこともない別の歌人に与えた影響の講義などが聴ける。講師がそのことの重要性を信じている限りちゃんと聞けば必ず面白いし何だか嬉しい。
— 永井均 (@hitoshinagai1) 2015, 1月 17
アニメの新作、再放送など一部を除けば、テレビのメイン需要層である未成年者と高齢者向けの方向性が特に強くなり、同時にコスパの問題や制作サイドの慣れ・怠慢・技能の低下なども合わせ、そして競合メディアが多数登場したことによる相対的な価値観の低下などから、「テレビが」つまらないという意見が増えている。厳密にはテレビ「の番組」がつまらない、だけどね。
指摘されている「笑いを取ろうとする」ってのは、要は「こうすればウケる」的なテンプレが創られ、そのテンプレに従っていれば楽が出来る=コストが削れるのってのがあるんだろうと思う。気が付かずにそのテンプレに乗った形で笑っているうちはいいけれど、ふと振り返り、第三者の立ち位置から見返すと「あれ、なんでこんなの面白いと思ったんだ?」と我に返り、その後はずっとその状態が続いてしまう。まさに夢から醒めた感じ。
そのような中でも面白みを覚えさせると語られているのが、放送大学。番組構成にもよるけれど、自分の知らない知識、情報、あるいはテンプレ的な切り口ですら自分が初めて遭遇したものであり、新鮮味を覚えさせる。さらに語り手が自分の語る内容の重要性を信じ、それを視聴者に伝え広めようと懸命に語っている。その想いを知れるからこそ、面白いし嬉しさも覚えるんだろうね。
テレビ番組は多分にエンターテインメントに違いないのだけど、他人を笑わせる、喜ばせる、関心を持たせるためには、相応の努力と工夫と誠意と熱意が必要で、それを果たすには相応のリソースが欠かせない。無論、リソースを投入しても空振りに終わることも多いけれど。放送大学の番組には、今のテレビ番組が失いつつある要素がまだ多分に残っているのかもしれない。
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