単純に語尾を変えてみたりすることば遊びにも馴染めないのだが、たとえば「勝てる気しかしない」みたいな感じの、ちょっとひねった言い回しっぽいやつも、何度も同じパターンを繰り返されてしまうので、すぐにうんざりしてしまう。
— サイ / 三原卓也 (@rhinoeye) 2015, 4月 6
毎年思っていることなんだが、コンビニの「冷たい麺」のシリーズは、各社ともに毎年「さらにおいしくなった」とか「まったく新しくなった」とかいってるので、いまはもう、とんでもないレベルでおいしくなっているのだろうし、数年後には、禁止薬物レベルでおいしくなってしまっているのだろう。
— サイ / 三原卓也 (@rhinoeye) 2015, 4月 6
これはコンビニの「冷たい麺」に限らずシリーズものやリニューアルを繰り返す通年販売品、エンタメ系の作品のシリーズものでもいえることなんだけど、前作と比べてより良いもの、より好奇心を引かれるもの、より魅力的なものであることをアピールするため(そうでなければこれまでのお客は見向きもしない)、色々と形容する言葉がインフレ化する傾向がある。ゲームだと具体的にそのインフレ度が分かりやすい(登場キャラ何倍、シナリオ倍増みたいな感じ)けれど、食品はそう簡単にもいかないので(精々具材が倍増、みたいなものぐらいだけど、数字化できるようなパワーアップは早々出来ない)、何とでも解釈できる形容詞や、比喩的表現が使われることが多い。
毎年一層美味しくなってリニューアルとか、さらに味に深みが増したとか、それ毎年やってたら、数年経てばひと口したら巨大化して大阪城を破壊しながら火を吐くほどの旨みになるんじゃないかと心配してしまう。味皇様モード。
かつてはそんな感じの言い回しの使いまわしでもよかったんだろうけれど、その商品のファンは覚えている人は多いだろうから、こんな心配もする......という話では無く、言葉の魔力も薄れてしまう。さらに昨今ではインターネット上に過去の情報が蓄積されるので、「あれ? 去年も同じようなこと言ってたような」という記憶の断片でもあれば、すぐにそれは確認できてしまい、魔法が解けてしまう。
商品のキャッチコピーをわざわざ検索する人など、あまりいない。確かにそう。でも可能性はある。スマホを使う人が増えて、さくっと検索して、過去のデータを最初に閲覧してしまう事例もありうる。昔と今とでは消費者が置かれている環境が違っていることを、認識する必要があるんだろうな。
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