まっとうなビジネスって何だろう、と考え直してみる

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先日の【マクドナルドの現状は昔からの蓄積の結果が出ているだけ、という話】から連なる話。そして指摘は結構大胆ではあるけれど、改めて言われてみると納得する部分も多い。人は一度成功経験で大成してしまうと、それを永久不滅なものと誤認してしまう。というよりそうでないと、自分自身の立ち位置が危うくなり、自己否定にもつながってしまうから、半ば自己防衛反応的なものともいえる。状況・環境がそのまま維持されていれば多分に成功方程式は通用し続けるのだけど、実際は世の中はそれほど甘くは無い。ましてや昨今では技術革新スピードが加速度的なものとなり、情報流通が過去においては無かったほどの広がりとスピード感を得るようになり、これまでの常識が通用しにくくなっているのも事実(無論そのような状況でも、いやむろしそのような状況だからこそ、欠かせない、変わらない本質ってのも沢山ある)。

そう考えると、ビジネスの本質を半ば忘れた、だからこそ成功してきた筋の方針などが現状とはマッチングしがたいものとなり、リアルで現場にて体験している、そしてそれを眺めている中堅層との間の乖離が大きくなってきているのかもしれないなあ、という感はある。自動車の消費性向に絡んで「若者の自動車離れ」なんていう言葉が揶揄的に使われるのが良い例。


賃金は労働者の所得となり、労働者は消費者となり消費を支えていく。企業のサービスのみを購入するわけではないので、例えばある会社の賃金を2倍にしたからといって、その会社の売上が2倍に増えるわけではないけれど、確実にその分だけの消費は増える(社会の安定化、今後さらに成長していくという機運が無いと、多分に貯蓄などに回される。実はこれも問題)。この辺りの概念は、それこそオートメーションの始祖ともいえるフォード社が思いっきり提唱した話ではあるんだけどね。

そして「景気ウォッチャー調査」の解説記事などでも触れているけど、円安により相対的に安価で商品が作れるようになることで、日本国内に生産拠点が増える意味は、この点も大きい。労働力需要の存在は、それだけ対価が発生することを意味する。お金の周りが良くなるということ。自動車ならばエンジンが2倍に増える、みたいな感じ。

まぁ、一言で例えると「金の卵を産むガチョウをかっさばいて食べるのは下策」ってこと。ガチョウが生み出した金の卵を用いて飼う小屋を頑丈で良い環境のものとして、病気対策を施して餌も良いものを与え、ガチョウが増えるように大切に飼った方がよほどお利口な次第ではある。

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このページは、不破雷蔵が2015年4月19日 08:16に書いた記事です。

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