若い頃は「歯車になんかなりたくない」って論調を周りによく聞いたけど、今にして思うと歯車にならなくてどうすんのって思う。歯車になって繋がらないとと自分の回転を世界に伝えられないじゃないか。
— 湖西晶@〆切ごはん②7/27発売予定です (@akikonishi) 2015, 6月 20
歯車って超重要部品だから。精度も、強度も、性能に関する全てが高いレベルを要求される。そう簡単に歯車にはなれないよ~ってのが設計屋の感想。実際自分はなれなかっやしねw>RT
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— TETSUYA2754 (@TETSUYA2754) 2015, 6月 21
どこぞのCMだかキャッチコピーで使われたのか知らないけれど、よくある言い回し「社会のネジ」やら「歯車」やらが、否定的な意味として使われるとの観点で、色々と見聞きされる。要は巨大な組織に飲み込まれて没個性化するな、ということを言いたいのだろうけれど、少々違和感を覚えさせるのも確かな話。
そんな考えを頭の中でもやっとしながぐるぐる回していたところ、こんな話があり、ああなるほどと納得させられたということで覚え書き。歯車は確かに全体の部品の一つではあるのだけど、歯車として他とつながって初めて全体に影響を与え得る存在となる。しかもその歯車になるのには、相応の精度が求められる。誰にでも出来るものじゃない。適当な出来栄えの部品では全体がすぐに崩壊してしまうかうまく稼働しなくなる。出来の悪いプラモデルのようなもので、部品の寸が足りなかったり余ったりでうまくはまらなかったり、そんな経験をした人も多いはず。本棚などの調度品で、部品にひずみがあると難儀した人はどれだけいるだろう。
必要とされる性能を満たすのに、設定も配置もめちゃくちゃ苦労するのが歯車。よく会社員に喩えられるけど、歯車を自称できる人は間違いなくスーパーサラリーマンです。
そんな人員なのに、経営者側は安易に取り換えりゃいいやとか思ってるから、会社という機会がまともに動かなくなっちゃうんですよ
— TETSUYA2754 (@TETSUYA2754) 2015, 6月 21
仕事をしてはじめて、銀河鉄道999の最終回が比喩的表現でもなんでもない事を実感したマン。
ボルト1本ですべては崩壊する!(キバヤシCG略)
— TETSUYA2754 (@TETSUYA2754) 2015, 6月 21
これは社会を、組織を構築する側にもいえること。だからこそ個々の部品、歯車はしっかりとしたものを用意しなければならないし、ていねいに扱う必要がある。人材を人財としてでなく人員としてしか、数合わせ的にしか考えてなければ、いつしかその集団は歪が許容範囲を超えてしまう。
その観点では、部品たる、歯車となるひとりひとりは精度をみがくべく修練を怠りないものとしなければならないし、組織を創り上げる側は良い部品を調達して懇切ていねいに取扱い、整備を欠かさねばならない。
当り前の話ではある、はずなんだけど。奥深い内容でもある。
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