報道の自由を脅かす危険があるのにあまり知られていない議論。ぜひ知って下さい。国立国会図書館がテレビ・ラジオ番組を全て録画・録音・保存する「放送アーカイブ」構想。国会図書館は国会議員の調査をサポートする機関。「報道圧力」になりかねません http://t.co/GM1I15pIqs
— 小川一 (@pinpinkiri) 2015, 7月 6
そもそも論として「事後検閲」との言葉の定義が曖昧で多分に理屈付けに使われている感が強い造語であるところからしてアレな感はあるのだけれど。今件記事に関して「毎日新聞社取締役・総合メディア戦略、デジタル担当」「1981年入社。社会部に18年間在籍し、社会部長、編集編成局長を務め」たという、新聞社の重鎮にしてデジタル方面にも長けた人物としての立ち位置にある人の意見が呈されている。提示先の記事内容も、それを推挙する同氏の主張も、当然のことながら、その内容に関して多様な指摘が寄せられている。
国立国会図書館法 第二条 国立国会図書館は、図書及びその他の図書館資料を蒐集し、国会議員の職務の遂行に資するとともに、行政及び司法の各部門に対し、更に日本国民に対し、この法律に規定する図書館奉仕を提供することを目的とする。 http://t.co/Tnf1wRmbEV
— 不破雷蔵(懐中時計) (@Fuwarin) 2015, 7月 6
国立国会図書館法前文「国立国会図書館は、真理がわれらを自由にするという確信に立って、憲法の誓約する日本の民主化と世界平和とに寄与することを使命として、ここに設立される。」
— ユキカゼ (@NAVY_ICHIHO) 2015, 7月 6
そもそも国会図書館とは国会議員の職務に役立つためだけでなく、国民全体に対して寄与するためのもの。国民に対して使わせないってのなら非公開になっているはずだからね。それ以前に国会議員は国民の代表であり、独裁者でも空から降ってわいた施政者でもない。
馬鹿じゃないの。国会図書館って記録と保存が仕事なんでしょ。これが報道圧力になるっていうんなら、今現在「保存されたら困ってしまうような嘘だらけの恥ずかしいものを作ってる」ってことだよね。 https://t.co/oROElS1sYt
— ぽんた (@yechigoya) 2015, 7月 6
この「報道の自由」とは「報道の自由奔放で無責任」の意味ですね。新聞に関しては各社が自主的にアーカイブをしていますが、電波系メディアは事ある毎にアーカイブ化を拒んでいます。放送法の絡みで公正中立を厳に求められているのも一因でしょう。 https://t.co/CJoqgOJJez
— 不破雷蔵(懐中時計) (@Fuwarin) 2015, 7月 6
「国会図書館」は「国会議員の調査をサポートする機関」だけに留まりませんし、そもそも国会議員は代表者であるはずなのですが......
— 不破雷蔵(懐中時計) (@Fuwarin) 2015, 7月 6
@Fuwarin つまり「他者には発言責任を執拗に求める」けど「自分の発言は責任を負う事はない」なのですね。
— 島風 那智 (@nachi_shi) 2015, 7月 6
「文化価値を判断せずに全番組を保存するところに政治の意図を感じる」。逆ですよね。
— 不破雷蔵(懐中時計) (@Fuwarin) 2015, 7月 6
まさに「報道圧力」になりかねない、といの言葉自身が「報道(による無制限の)圧力」として機能している、ツールとして利用されている不思議状態がある。
@Fuwarin それと、ネット上に改変したネタ画像が蔓延している現在、保全のために元ソースを公的機関でアーカイブするというのは自己防衛の為にも必要だとは思うのですが......。
— 島風 那智 (@nachi_shi) 2015, 7月 6
放送のアーカイブ問題だけど、こういうのを放送局自身がろくにやって来なかったおかげで、都市伝説の「コミケ15万人の宮﨑勤」発言の真偽すら確かめられん状況にあるという事も考えなアカンと思う
— dragoner (@dragoner_JP) 2015, 7月 6
映像の公的機関による公平なアーカイブには、このような問題が生じていることから来る期待もある。個人ベースでアーカイブ化している人もいるとの話だけど、それではそのデータが正しいか否かの担保が無いんだよね。しかも個人なのでいつ失われるか、そのリスクが常に付きまとう。
「国会議員の調査をサポートする機関」との認識の点で問題があるとするのなら、誰もが気軽にアクセスできる環境下に逐次アップロードをしていけば問題ないのですね。ようつべでも良いし、国で専用のサイトを新設しても良いでしょう。国内外を問わず利用可能として。
— 不破雷蔵(懐中時計) (@Fuwarin) 2015, 7月 6
(本来なら各局が独自にやってもおかしくない話を、国がやってくれるというのですから、むしろもろ手を挙げて賛成するのが筋な気もします)
— 不破雷蔵(懐中時計) (@Fuwarin) 2015, 7月 6
コピーガードのせいでいつかは録画データが消えちゃう今のTV番組をどこかでちゃんと保存してくれる機関があるのはいい事じゃないのかしら?>RT
— ざらぶ・えすかれーたー (@zarabu01) 2015, 7月 6
アーカイブしとかないと消えるよ?
100年後に誰も存在すら知るすべがなくなるんだけどね。
出版物が保存されてるのはあれ、作り手の存在証明でもあるんだけど、保存を拒否して一瞬の泡沫で終わる底の浅い存在になりたいのかな?
— KGN (@KGN_works) 2015, 7月 6
というか、消えちゃうと研究すらできなくなるんですよ。
同時代の我々は価値に気づかないあれこれ(画面の隅っこに映ったゴミなども)がどんな価値を持つか分からない。
だから丸ごと保存して残すんだけどねえ...
— KGN (@KGN_works) 2015, 7月 6
「文化がウンヌン」という言葉を持ち出す以上「全数保存、それ以外に『文化』を記録として残す方法は無いだろう?」以外の答えは無いんだよねえ。
文化なんて言葉を半可通が使うからいけない。
— KGN (@KGN_works) 2015, 7月 6
@KGN_works その半可通がquality paperを一応名乗ってる新聞社のセクションのトップですから、どうしようもないという。まあ大判tabloidと割り切ればいいんでしょうけれど、世間はそう思って無いでしょうし。
— ⊿li (@deep_wreck) 2015, 7月 6
1世紀後、2世紀後に(あるいはもっと後になって)見る事が出来るならば、それは後世の人にとっての贈り物になるんだよ。
江戸や戦国好きな人は現代にも居るでしょう、あんな感じで我々の時代を見る人がいるだろうと考えて、残してあげるんですよ。
それがアーカイブの持つ「伝える」意味の一つ。
— KGN (@KGN_works) 2015, 7月 6
今、嬉々としてメモをとりつつTVを見てる言語学者がいるのと同様に、後世になって嬉々としてアーカイブをあさる言語学者はいるだろうからね。
音楽も画像もパフォーマンスも然り。
政治史も同じ。膨大な記録があれば『後から見直す事が出来る』。
千年位先まで見据えて考えて欲しいよもんだけどね
— KGN (@KGN_works) 2015, 7月 6
良いも悪いもひっくるめて、残す。
今我々の考える「良い・悪い」や「価値がある・ない」という基準は後日変動する可能性があるから、余計なフィルタを掛けずに残す。
読み手がフィルタすればいいのだから。
もう少し、後世に残してやる事を考えて欲しいね。
— KGN (@KGN_works) 2015, 7月 6
書籍同様映像もデータとして残して、後々までの資産として大事に保管し、情報として語り伝えていく。文化とはそもそもそういうものであり、それを否定するのなら、まさに焚書坑儒を学者自らやっているのと何ら変わりはない。文化の判断をつけずにまとめて残すのは意図が云々とあるけれど、その文化であるか否かは誰が判断するのか。
以前ありましたよね。何かの漫画の1シーンで。「世の中には今必要なものと、今後必要になるかもしれないもの、その2種類しかない」って話 https://t.co/Eg7dt5VcHv
— 不破雷蔵(懐中時計) (@Fuwarin) 2015, 7月 6
@Fuwarin『 竜の学校は山の上 九井諒子作品集』じゃないでしょうか。役立たずの竜の研究者のハナシだったような。
— のらいぬ税理士 だいやん (@tax_daiyan) 2015, 7月 6
ですね。空気感溢れるSF短編集漫画-竜の学校は山の上(九井諒子) http://t.co/YZdvokDODk 「ダンジョン飯」の九井諒子先生の短編集です https://t.co/do84a1lXQj pic.twitter.com/bVIxdZOlR9
— 不破雷蔵(懐中時計) (@Fuwarin) 2015, 7月 6
竜の学校は山の上 九井諒子作品集 http://t.co/X1FUgv86na pic.twitter.com/uPft1BAsYh
— 不破雷蔵(懐中時計) (@Fuwarin) 2015, 7月 6
ちょいと前に出回った「世の中には今必要なものと、今後必要になるかもしれないもの、その2種類しかない」という言葉すら思い返される。自分らで文化だから必要なもの、そうでないから不必要なものを判断し、それで残す・消すをすべきだ、全部をまとめて残すのは政治的意図があるから良くないと、どのような主旨を持って語ることができるのか。
この放送関係者、文化を分かっていませんね。
"ある放送関係者は、表向きは文化的資産の蓄積を打ち出しながら、文化価値を判断せずに全番組を保存するところに政治の意図を感じるとして..."
登場当初、ビートルズは文化価値を認められたでしょうか?
http://t.co/OUivE2UVsN
— タクラミックス (@takuramix) 2015, 7月 6
何十年も何百年も経ってから「文化価値」を認められる事も珍しくありません。
下手な選別をすれば文化を見逃してしまうのです。
春画はどうですか?明治の頃、多くの浮世絵が海外に流出したのは何故ですか?
放送関係者として文化を扱うなら、この程度の事は常識以前として知っていて欲しいですね。
— タクラミックス (@takuramix) 2015, 7月 6
報道の重要な一翼を担う新聞だって図書館に保管されてるけど、それが報道の圧力になったことあった?国会図書館から新聞をなくせと言ったことあった?あまりにバカげた意見だし、そんなアホな論理を使ってで政権批判したいの?としか思えんのだが。 https://t.co/VL4CbQgF8u
— ???n????u (@nakamukae) 2015, 7月 6
毎日新聞の小川記者は,政府の「放送アーカイブ」構想を「報道圧力」になると批判するが,彼はアーカイブの意義を全く理解していない。これは広く一般市民にも検証,批評の機会が開かれる事であり,放送文化全般の知財構築となるものだ。 https://t.co/sHiZCp26hJ
— 井上リサ☆薩摩川内紀行7/10? (@JPN_LISA) 2015, 7月 6
出版物はすべて納本することになっています、昔から。新聞も。放送アーカイブがなかったことの方がびっくりだ。収蔵されて誰でもアクセスできる状態で検閲がとか、言ってることが全く意味不明。揮発性こそが自由の源泉だと考えているならそれこそ問題。 http://t.co/Mcfy5Bqdqs
— 齋藤訓之 (@SatoshiSaitoFWJ) 2015, 7月 6
「報道圧力」になりかねないから、毎日新聞は国会図書館に納めないんですかね? デモの写真うんぬんという話ですが、この前、貴紙には、デモに連れてこられた子供の写真が載っていましたが??? https://t.co/e4we4KT5MN
— 赤城毅 (@akagitsuyoshi) 2015, 7月 6
毎日新聞の取締役発言が炎上しているけど「自分達が報道したものを保存されると困る」な感じで騒いでいるのが本当にアレ。「後から検証されると困るから保存するな。言いっぱなしが出来なくなる」とでも言いたげなのがもっとアレ。日頃から、アーカイブ化で検証されても困らない報道をすりゃ良いのに。
— hasui@さにわ提督 (@stbeelimit) 2015, 7月 6
嘘言ってないか検証されるだけで萎縮するような報道なんか萎縮しとくべきですね QT @pinpinkiri: きのう紹介した国会図書館の放送アーカイブ構想の記事。「新聞書籍と違い放送の場合は国会図書館がアーカイブをつくると国会議員の放送監視機構になりかねませんよ」という趣旨だと考え
— 各務原 夕 怒りのデスロード (@nekoguruma) 2015, 7月 6
(゚∀゚)。○(後で検証されることで、間違いや印象操作がばれるから、慎重な放送が期待できるのであれば、報道の記録を国会図書館に残すことは良いことだろうに。
(゚∀゚) 報道に対するチェック機能が期待できる。報道関係者が反対するのは一方的に殴り続けたいって傲慢さの現れ。
— moltoke◆Rumia1p (@moltoke_Rumia1p) 2015, 7月 6
新聞との差異、類似点に関して指摘する人も多い。多分に「これまで保全されていなかったから検証されなかった状況を崩され、検証されるようになるのを嫌がっているのかな」との結論にたどりつくのだな、これが。
「放送アーカイブ」に対するマスコミの拒絶反応、彼らが報道を「その場で言って宙に消える、言いっ放しの強み」を強く自覚していた証左になっちゃってる......
— こなたま(CV:渡辺久美子) (@MyoyoShinnyo) 2015, 7月 6
いや、重ねて言うけど、権力者によるシステムや記録の悪用を危惧するのはとても大切だよ。しかしビデオ録画など存在しなかった数十年前ならいざ知らず、何か放送されたら誰か必ず録画してる今のご時世で、口をついて出た反対の言葉がそれというのが今までどういう意識で放送してたのか白状しちゃってて
— こなたま(CV:渡辺久美子) (@MyoyoShinnyo) 2015, 7月 6
"表向きは文化的資産の蓄積を打ち出しながら、文化価値を判断せずに全番組を保存するところ"に、コンセプトとは違う意図があるのではないか? と疑うのは論理的である。が、文化価値など今すぐ判断できるものではないからとりあえず全保存しておこう、というのが計画の趣旨なのだろうしなあ
— こなたま(CV:渡辺久美子) (@MyoyoShinnyo) 2015, 7月 6
だから私の最初の感想としては、「なんでこんな語るに落ちるのか」
— こなたま(CV:渡辺久美子) (@MyoyoShinnyo) 2015, 7月 6
それにしてもこの発言はどこを切り取ってもひどい。「国会図書館は国会議員が調査に使う機関だから報道圧力になる」、つっても国会議員ってその前に「国民の代表」なんですけど https://t.co/bQLSfH3mnN
— こなたま(CV:渡辺久美子) (@MyoyoShinnyo) 2015, 7月 6
毎日新聞社は国民の過去の報道を「知る権利」を侵害するのですか! というのが一番キッツいパンチかもしれぬ
— こなたま(CV:渡辺久美子) (@MyoyoShinnyo) 2015, 7月 6
放送が保存を嫌うのは本能みたいなものかもしれない。出版は紙の上に残す仕事だから最初から残される事を気にしないが、いわば放送は「宙に消えてナンボ」なとこがある。食べてもなくならない米があったら農家は困るように、いつまでも残る番組があったらテレビ局は困るわけだね。
— こなたま(CV:渡辺久美子) (@MyoyoShinnyo) 2015, 7月 6
いやでも、当たり前のことながら我々は改めてちゃんと覚えておくべきかもしれない。「放送は、録画や録音がなくなればなくなるほど儲かる」ものだということを。
— こなたま(CV:渡辺久美子) (@MyoyoShinnyo) 2015, 7月 6
(要するにメディアが今もなお旧態依然の、流しっぱなしで一方方向で記録保全されないことが前提の設定でしか物事を考えていないし、メディアや文化に関する現状認識も無い事を暴露してしまった形になるのですよね... https://t.co/ODJ0jYd3bt
— 不破雷蔵(懐中時計) (@Fuwarin) 2015, 7月 6
まあ、保全を忌み嫌う理由としては「特権階級的、利権的な食い扶持が減らされるかもしれないし色々仮面をはがされるかもしれない」というのはあるのだろう。で、そのままを語ると格好が悪いので文化だの政治的圧力だのと正当性を振りかざすというのは、良くある話ではある。だから話に辻褄が合わなくなる。さらに前世紀の情報環境下における立ち位置のままで物事を考えていることも露呈された感は否めない。
特定秘密保護法を批判した時のメディアと、国会図書館に放送アーカイブ設置する話の時のメディアをぶつければ対消滅するのでは???
— sorekaradoushit (@sorekaradoushit) 2015, 7月 6
2012/07/20 国会図書館:「放送アーカイブ」計画 議員「文化資産、保存・公開を」/局側「著作権を不当に制限」 http://t.co/qSiKmPDJiN http://t.co/MlP9bryOkd
— 不破雷蔵(懐中時計) (@Fuwarin) 2015, 7月 6
著作権は、「批評のための引用」については出典を明示し批評される引用元部分が引用内容より少なければ、無通知での引用紹介を許してるんだけどなー。報道だけにそれが通用しないという特例は著作権法にはないわけで、局側言い分は苦しいすな。 http://t.co/b7gPN0WD5T
— 入門者のための実話怪談【怪決】AZUKI (@azukiglg) 2015, 7月 6
批評のための引用は、
「全体の一部を引用し、引用内容より多くの独自の批評文などが掲載される形」だと著作権の保護の特例になる。
2chのスレとかはグレーだけど、山ほど付くレスを批評文と看做すなら、引用は批評文より遙かに少ないので著作権の例外が適用可能。
— 入門者のための実話怪談【怪決】AZUKI (@azukiglg) 2015, 7月 6
同様に、「放送コンテンツの一部に対して山ほどのコメントが付く仕組み」は、著作権法の【批評のための引用の特例」を満たしてるから、本来「著作権者のフンダララ」はむしろ著作権法違反なんだよね。
— 入門者のための実話怪談【怪決】AZUKI (@azukiglg) 2015, 7月 6
一方で、「原出典を丸パク」とか「出典非表示」とかは「批評のための引用」ではないので著作権法違反になります。
例えば、だ。著者存命の文庫本の内容を丸ごと全部書き出して自分のブログに自分の作品として載せるとかは、出版社が怖い人を連れて談判に行くよw
— 入門者のための実話怪談【怪決】AZUKI (@azukiglg) 2015, 7月 6
どっちにせよ、「事業者の事業の結果の資産としてのコンテンツの著作権」という言い分はなくはないけど、だったら【社会の木鐸】とか【社会事業】とか【公共に価値を提供】とか【文化事業】とか言うなよなあ、って気はする。新聞の再販制度廃止しろ、ってなる。
— 入門者のための実話怪談【怪決】AZUKI (@azukiglg) 2015, 7月 6
アルジェリア人質事件の際のこの人のつぶやき
https://t.co/YZ9BCXIgxe
「亡くなった方のお名前は発表すべきた。それが何よりの弔いになる。人が人として生きた証しは、その名前にある・・・・」 https://t.co/cX8KlmtmiH
— 大波コナミ(輩) (@moja_cos) 2015, 7月 6
毎日新聞社会部長を務めた小川一さん(pinpinkiri)の、アルジェリア事件犠牲者を実名報道するべきだという意見とその反応 - Togetterまとめ http://t.co/i6fIQ99Vxq 参考→https://t.co/cX8KlmtmiH
— 大波コナミ(輩) (@moja_cos) 2015, 7月 6
情報と言えばそういや国民の知る権利云々とか特定秘密保護法とかが問題視されていたし、数年前にも似たようなアーカイブ周りで話があったような......ということで探してみたりすると、まぁ、ご覧のような感じ。今回トリガーを引いた方御本人も、テレビ業界全般も、情報について、都合の良い解釈をその場その場でしているわけだ。
繰り返しになるけれど、「報道の自由」と「報道の自由奔放で無責任」は別物であるし、「報道圧力」になりかねないとの言葉自身が「報道(による無制限の)圧力(行為)」となっている状況は極めてマズイと思うのだけどね。
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