「専門家による専門知識を元にした発言」と「専門家のポジショントーキング」の境界線

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具体例の例示は避けておくけれど、先日「防衛費を倍にまで跳ね上げるべきだ」との勇ましい意見が某所に掲載されていて、それが一ライターの話では無く、元自衛隊で結構な役どころにあった人の話だったことから「まあ、どこの世界にでもイレギュラー的な人はいるよね」程度に想っていたのだけど......

ちょいと気になるところがあり、いくつか探してみたところ、その人、現在の役どころは某防衛産業の大手企業の顧問。まぁ、要は自分が今属している場所に開発費がもっとぶち込まれるようにしろってのを暗に語っている次第で。それに気が付いて「専門知識を有していたり、あるいは経験を持つ人の発言」と、「専門家であるが故の、自分の今の立ち位置を有意にならしめるためのポジショントーキング」との境界線って、どこら辺にあるのかなあ、と思うようになってしまった。

人間の思考は機械とは違うのだから、知らずのうちに考えがついつい自分に有利な方向にシフトしてしまうこともあるだろう。そのシフトした先は、本来純粋な専門知識の上での判断がなされたものとは別のものになっているのかもしれない。仮にそうなってしまえば、それは専門家の肩書を信じて読んだ読者への裏切りとなる。

だから......かどうかは分からないけれど、欧米の新聞社の記事の多分には、少しでも利害関係がありそうな場合、書き手の署名の後に、その利害関係周りの説明がなされることが多い。でも日本ではそのような配慮は滅多にない。だから執筆者が匿名だったり無記名だったりした記事はアテにならないし、記名記事の場合は少しでも首を傾げる内容だった場合、名前を検索して色々と背景をたどる必要がある。

この「境界線の曖昧さ」の存在が認識できるようになったこと(執筆者名を検索してバックボーンをたどることができるようになった)が、昨今の「専門家による的外れ的な見識」が目立つようになってきた一因なのかもなあと思ったりする。


これも大きな問題。専門家的な、権威がありそうな、なんだかひれ伏さねばいけないような肩書や経歴を持つ人の話は鵜呑みにしてしまって、それこそ専門外の話ですら絶対真理で教祖様が語った事だから的なレベルの信じ方をしてしまうし、語り手側も中にはそれを狙っている節もある。

肩書、権威にひれ伏してしまう。だからこそ実態が「分かった」後に、それが「ホンモノ」で無かった時の反発心も大きなものとなる。ステルスマーケティングの実態が判明した時の反発心に近いものがあるのだろうな。

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このページは、不破雷蔵が2015年7月15日 08:06に書いた記事です。

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