「他人のパクリでチヤホヤされても自分の腕前の結果じゃないからぼろが出る」との当たり前の話と昔話のマイルド化と

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パクツイで人気を得ようとか他人のグラフィックを抽出して自分が描きましたスゴイでしょ的な話などが山積されるようになり、それはしてはいけないんだし、結局自分の身に罰がかぶさってくるという事を指摘しても、大よそは逆切れされてしまう。他人からの指摘で気が付き、姿勢を正すほどの考察力があれば、そもそもそんなことはしてないよね、という本末転倒的な事実の裏付けではあるのだけど。

昔話ってのはある意味、人が生きていくうえで欠かせない世の中のルールや、過去の実体験などを元にした教訓がベースとなっており、だからこそ子供のうちから言い聞かせて教え諭し、覚えさせるのだろうなあ、ということを思い返すと、このパクツイやら他人の作品の自分製作アピール的なものを止める流れにするってのには、やはり教訓となるような昔話があるといいのかもなあ、という感はある。

「弁護士のくず」という漫画で似たような話はあったけどね。小説をパクった美人女優が次回作が書けなくて悩んでいたところに、パクられた書き手が訴えを起こそうとした話とか。


で、そんな感じのむかしばなしはあったかなと色々と話が出ていた時に、花さか爺さんの後半部分がそれっぽいかなということで投げてみたところ、その流れはともかくとして、昨今の昔話がマイルド化していたということに気が付かされた。残虐性とかが随分と抑えられているらしい。

花さか爺さんの件も、当方が知る限りでは悪いおじいさんはお殿様にその場で一刀両断されたような感じだったのだけど、なんだか最近のでは違うみたいだ。三匹の子豚も、当方の知る限りでは「わらと木材の子豚は食われ、おおかみはレンガの子豚に煮物にされた」だったはずだけど。

単に表現がきついのは子供に良くないとする、保護者側の一方的な思惑で表現がかえられ、教訓が曖昧な、あるいは弱いものとなってしまう。結局一番被害を受けるのは十分な知識の習得ができない子供自身なんだけどね。

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このページは、不破雷蔵が2015年8月 5日 08:16に書いた記事です。

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