テレビや雑誌に出ている「普通の主婦」「ママさん」は本当に世間一般の、普通の人だろうか

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思い起こせば2009年夏の総選挙の時にも【特集ワイド:オバサン3人、またまた 自民「リリーフ」やめて/民主はやってみないと】に代表されるような、有象無象の「普通の人(に見える人)」、特に女性、とりわけ母親的立場な人達が声を挙げていたよなぁ、と。結局不特定多数の人がこの類の考えを持っている、動きを示していると認識させるのには、普段政治や経済、社会の動向からは離れていると思われている人たちにスポットを当てて、そのような人ですらこんな考えをと見せるのが、一番アピール度が高いのだろう。さらには親近感を持たせたり、とかね。

で、一過性が高く、再精査がされにくく、印象のみが残りやすい映像コンテンツを配信するテレビでは、特にこの手法が用いられる。新聞や雑誌の場合は、肩書が多用されることが多いかな。その方が印象が強くなる。

ところが昨今ではテレビ映像ですら、動画として保全され、繰り返し閲覧され、その上で精査が行われる。出てきた固有名詞は記録され、【ネット上の情報を集約して人物関係図を創り、状況の把握を行う方法】でも指摘されているように、全体像を透かされてしまう。昔と同じ手法を使っても、今は環境が違うのだから同じ成果を期待するのは難しい。挙句そのような指摘に逆切れする向きもあるけれど、かえって見苦しいものがある。


まぁ、これなんかが良い例で、本当の意味での「一般市民」は自分の事をわざわざ一般市民と名乗りはしない。「プロ市民」という言葉につながる話やね。まぁ、これについては関わり合いのあるキーワード「アストロターフィング」ってのがあるので、後日改めて。

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このページは、不破雷蔵が2015年10月 4日 08:17に書いた記事です。

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