「人として最低限のルール守れ」 暴言に無許可テントの反原発派に住民「ノー」川内2号機再稼働 http://t.co/n1VtVjzO3m
「県内外から集まる反原発派」
「学生らの組織は「安倍ネオファシスト政権打倒! 憲法改悪阻止!」と原発と関係ないことを叫び」
「殴られたいのか」
— 不破雷蔵(懐中時計) (@Fuwarin) 2015, 10月 15
いわゆるプロ的な市民運動の一つとして、その運動をアピールするために該当する場所にテントを張って不法な占拠状態を成して、そこに長時間はりこんで存在感としてのプレッシャーをかけるだけでなく、周囲に多大なる迷惑をかける「運動」をするムーブメントが盛んになっている。目立てば、伝えられれば良いとする方向性は、まさに悪質系まとめサイトや一部報道と似たようなもので、指摘があった場合の反論も大よそ同じ、表現の自由。自由と自由奔放とは別物で、自由は責任や義務とリンクしているものでしかないのだけど...とは何度となく説明している通り。
先の沖縄米軍基地での映像を観た時の印象はゾンビ集団でしかなく、むしろ演出無しでよくぞあそこまでゾンビっぽく行動しているなと感心したけれど、今件はまるで映画に出てくるチンピラなどの借金取り立て的な...いや、違うな、今や歴史的一時代のものとなった「地上げ屋」だな。そんなイメージ。
原発事故後、許可を得ていない場所にテントを建てるのを「表現の自由」と言うロジックをよく耳にするなあ。表現の自由というのは物理的な手段を強行する自由ではなく、表現の内容を理由に許可の判断をされない自由だと思うのだが。そもそもダメな行為は、表現でもダメだ。
— 大貫剛 (@ohnuki_tsuyoshi) 2015, 10月 16
許可されてない場所に勝手に物を建てて「表現の自由」だと言うロジックって、大学に政治主張の看板を建ててた連中を思い出す。まあ、あの連中なんだろうな、やってるのは。
— 大貫剛 (@ohnuki_tsuyoshi) 2015, 10月 16
指摘の通り「表現の自由」を悪用する手法って、昔から、今でも一部では行われている、大学の敷地内で看板を立てているのと何ら変わりはない。繰り返しになるけれど、「自由」というのは何をやっても許される免罪符ではなく、そんなものは決して許されるべきものでもない。
透析に向かう患者を足止めした時点で許しがたい。移植用に腎臓の一つも提供するわけでもないのにね。:暴言に無許可テントの反原発派に住民「ノー」 http://t.co/emvOvtYO8z @Sankei_newsさんから
— KGN (@KGN_works) 2015, 10月 16
@KGN_works これはひどい。高齢者がバスで透析病院まで通院しているのを妨害し、地元の方々を困らせてはどんなに素晴らしい大義があっても受け入れてはもらえませんね。
— あすぴ (@asup1216) 2015, 10月 16
まったくです。地元の方を脅迫するに至ってはもはや度し難いとしか。RT @asup1216 これはひどい。高齢者がバスで透析病院まで通院しているのを妨害し、地元の方々を困らせてはどんなに素晴らしい大義があっても受け入れてはもらえませんね
— KGN (@KGN_works) 2015, 10月 16
適応させる法令はいくらでもある、つまり法的強制力を実施するだけの裏付けはあるのだから、可及的速やかに地域住民の安寧と治安回復のために、しかるべき措置を取るべきだとは思うのだけどね。というか、それをしなかったために増長したのが現状なのだから。弾圧だなんだとの反論もあるだろうけど、違法行為を継続し、周囲に迷惑をかける行為を取り除くことの、どこが不当なのだろうか。
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