報道ステーションの「あとがま」と、ニュースとバラエティの境目と

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経つ鳥跡を濁しまくり的な感がある報道ステーションのメインキャスター辞任の件。席を空白にするわけにもいかず、当然後任を誰にするかに関して色々と話題が出ている。予算の関係で局アナを使うとの話もあるけど、どうなのかなあ、と。

なぜ「どうなのかなあ」ってのは、同番組は現時点では概して、ニュース報道番組というよりは、司会者やその周りに居るキャスターの個人的思惑で構築されているワイドショー的な色合いが強い。その色付けを局アナが背負いきれるのか。慣れてくればどうにかなるでしょ、って考えもあるだろうけど。

そして指摘の通り、エンタメだかバラエティだかとニュース・報道をごっちゃにしている以上、番組そのものの問題点は解消されない。今はまだ相応の視聴率が取れているからいいのだろうけど、震災以降奇妙な偏りをあからさまにし始めたひずみが、そろそろ大きなゆがみとなって出てくる......ので、交代劇となったのかなという気もする。

ニュース番組なのだから、極論として、原稿を流暢に語ってくれればそれでよい。ボーカロイドのような音声出力プログラムで語らせ、キャスターはCGか何か、先日紹介した「実際の人物の表情に合わせて変化するCG」を用いても構わないだろう。音声を読ませるためには原稿のテキストファイル化が必要なので、同時にテキストを字幕スーパー的に流し、ウェブ上でも同時配信すれば、既存の技術で容易に未来的なニュース番組が出来上がる。

......ってあれ? この仕組み、容易に個人ベースで再現できないかな? もしかして。

ともあれ。主義主張や思惑を、あたかも事実・ニュースであるかのように伝える、バラエティと報道を誤認させるような切り口は、一昔前ならともかく、今では逆効果の面の方が大きくなりつつある。良い機会だからここですっぱりと打ち止めにするのが、報道番組を続けるのであれば、賢い選択だと思うのだけどな。

まぁ、テレビ局自身としては、色々と都合がよい事も多いから、さらにごちゃ混ぜ度が増した番組と化す可能性も否定できないのだけれど。

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このページは、不破雷蔵が2015年12月27日 08:29に書いた記事です。

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