「お金をかければいい仕事ができるわけじゃない。低賃金・低予算だからこそ、工夫が生まれ新しいものが生まれるのだ」
— 伊藤 剛 (@GoITO) 2016年5月3日
日本をだめにしているのは、この思想だと思う。
お金ってのは時間やリソースを集約化して具体的な指標となす事ができる、人類にとっては五本の指に入る素晴らしい概念的発明に違いないと当方は考えている。日本ではとかくお金に関する話をするのは下賤との風潮もあるけれど、それこそが多くの問題の根幹部分にあるのだろうなあという気はする。
今件の指摘にしてもその通りで、百歩譲って限られたリソースの中で工夫や新しいものが生まれるとしても、それは現場側から自然に発せられるべき言葉であって、むしろ創り手の賃金や予算周りの制約では無く、使い手側の状況としての設定で発想すべき。「使う人は一度の利用で1000円も払えるはずはないから、せめて500円にならないかな」という感じ。
ましてや作り手、開発側にお金を払う側が「安くても我慢しろ、安い中でこそ工夫や新規技術が生まれる」なんてことは、口が裂けても言っちゃいけない。
高い金出して買った品物が
— ごりえ@5/5コミティア「L31b」 (@gorie666) 2016年5月3日
「たっけー割につかえねー!!!!!」ってことはないことはないけど
あんまりにも安いものは
やっぱり値段相応でしかない気がする
「安くてもいいもの」って「値段の割にはいい」ってことが
ほとんどだし
そして下手に値切られた上で創られた物品は、得てしてこんな感じになる。値段に応じてそれなり、そこそこってのはあるけれど、値段を超えて良いものってのはあまり無い。相応の対価を支払ったものなら、それなりに品質は保証されているし、ダメならダメで「話にならない」と突っ込める余裕がある。でも「安くてもいいもの」ってのはどれだけ背伸びしたものでも、そこそこでしかないからね。
まぁ、努力とかアイディアといった、形には見えにくいものにも、しっかりと対価は必要だよねえ、という感じはする。
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