ん?「子供に自分の荷物を持たせるのは虐待」?
— KGN (@KGN_works) 2016年6月18日
あのな、『なんでもかんでも親がやって当たり前』で子供育てる事こそ虐待だぞ。
親がいきなり死んで取り残された時、『ボクのために何もしないのは虐待だ』なんてぬかす子を育てたがる余所様がどれだけいると思うんだと。
・出来る事は自分でやる
— KGN (@KGN_works) 2016年6月18日
・やってもらったら「ありがとう」
・出来なければ周りに頼る
これセットで教えておくのが一番だと思うが...
・できるかどうかわからないと思ったら早めに頼りになる人に相談
— ジブリール・伊藤ふみ・アリエス (@imutakaoru) 2016年6月19日
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数日前にちょいとばかり話題に登った、保護者が子供に子供自身の荷物を持たせるのは虐待行為であるから、持たせてはいけない、保護者が代わりに持つべきだ云々という話。多分にケースバイケースではあるのだけど、子供が少しでも負担になることはダメだとして、何でも保護者が手を差し伸べてしまうのは、やはり問題だろうなあ、と。なぜなら子供はそれを学習してしまうから。
自立心を育て上げるためにも、まずは子供自身に持たせてみる。当然不可能なことも多々生じるので、その時には声をかけるなりして保護者に持ってもらうように誘導する。そしてその時に、他人にしてもらった行為への感謝の意を述べる事を合わせて学習してもらう。さらには誘導されることなく、自分自身の力量でどうにもならない時には周囲に声をかけて助けてもらうことを教える。
これらの事は大人にとっては当たり前の行動様式ではあるのだけど、子供はまだ何も知らないから、日々の生活の中で学習し、良いこと悪いことを教えてもらう必要がある。保護者をはじめとするお大人たちが、分かるように教えねばならないのだね。子供に「分かってるはず」「知っていて当然」との認識はアウト。そして反復して少しずつ学んでいくのだから「前に言ったでしょ」などもダメ。これは以前にも企業内の新人教育関連の話で触れたかな。
子供に「お仕えする」親たまにいますが、そうやって育てた子供のなれの果てって
— KGN (@KGN_works) 2016年6月18日
・老母が這いずりまわって家事をする一方、倅は酒飲んで寝るだけ
・親の体がきかなくなっても、邪魔者扱いするだけ
ですよ。自分で何かするという発想が無いから。
親は衰弱して褥瘡まみれになって搬送されてます
ほんと~~~~に、悪い事言わんから
— KGN (@KGN_works) 2016年6月18日
・自分の事は自分で
・家族のために自分がやれる事をやる
の基本は身につけさせとけと。
あと「ちょっとでも辛い事は親が変わってやる、我儘と自己主張だけ一人前にさせる」と、『必要な決断くだす』場面で責任から逃げるようになるよ。
言葉は悪いかもしれないけれど、子供を愛玩動物、あるいはお飾りのように認識してしまうもの。ちやほやされるのは悪くないし、楽ではあるから子供も従ってしまいがちではあるのだけど、自立心が芽生えてきて、その芽が摘まれないと、反発の強い子供になる。世間一般からは親不孝者に見えてしまうのが、また不幸だったりするけど。一人っ子の場合はこの傾向が強いのかな。宝石を磨くようにかわいがる。可愛がり過ぎて、逆にくされてしまう。
あと、も一つ問題なのが『自分の意見を言わせないように抑圧する、なんでもかんでも従わせる』。これも「なんでもやってあげる」と同じ、「決める、考えるという機能を奪う」方法。
— KGN (@KGN_works) 2016年6月18日
物事決めなきゃいけない時に決める能力が育たないよ。
他人が決めてくれる事に慣れちゃってるからね。
まったく正反対のパターンとして、子供を親の所有物、操り人形的な認識で育てるのもある。昔はこちらの方が多かったかもしれない。これも指摘の通り、子供の自我、自立心を損なわせる。社会に出た時に、自己判断と責任を取る行動ができなくなってしまう。
ぶっちゃけると子供の教育方針ってのは第三者はアンタッチャブルなところがあり、その世帯の方針ですからっていわれてしまうとグウの根も出ない。とはいえ、的外れな思惑で育った子供が大人になって、あるいは未成年の段階ですら色々とやらかし、その第三者にまで迷惑をかけるような事態になった時、該当世帯の保護者だけで責任が取り切れるのかどうか。さらには保護者が故人となったあと、残された当人はどうなるのかな、とかね。
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