30代、40代の読書って「何を読むか」よりも「何を読まないか」を決めることのほうがずっと重要になってくるし、本を買う「金額コスト」よりも本を読む「時間コスト」のほうが高くつくようになってくるので、kindle unlimited の本契約は見送りました。そういう人、多いのでは?
— 太田克史 (@FAUST_editor_J) 2016年8月31日
先日始まったアマゾンの某読み放題サービスが、色々と騒動を引き起こしているようだけど、それに絡んで......ということになるのかな。ちょっとハッとさせられた話。選択肢は多い方が良い。自分が欲しい選択肢が、少数の集合体の中には存在しなくても、多数の中にはあるかもしれないからだ。同じケーキバイキングなら、種類がショートケーキとチョコケーキとモンブランしかないところよりも、多種多様な、目移りするようなケーキのラインアップの方が良い。
ただ、30代・40代に限らず、成長して自分の好きな本を読む時間への制約が大きくなってくると、何が読めるか、読むかよりも、何を読まないで切り捨てるかという、取捨選択の方が重要になってくる。ケーキバイキングなら、どれだけ多くの種類を選べても、食べられる量は以前と比べて減ってしまっているので、むしろどれを食べずに諦めるかの方が重要になる。あるいは普通の食べ放題バイキングから懐石料理へ、という方が適切かも。
量から質への転換とはよく言われる話だけど、消費できる量に限りがある以上、その中で同様の満足度を得る、より高い充実感を堪能するのには、濃縮されたものを選ぶ必要があり、だからこそ取捨選択が重要になる。
ただ見方を変えると、山ほどの分量のある対象の中から、自分がリソースを投入消費して時間を割く対象とすべきか否かの取捨選択って、やはりそれなりに時間が必要となる。だからこそ、先人の声を確認できるレビューとか、自分の趣向に近しい、あるいは確からしさに定評のあるキュレーターの選択が重要視されることになる。高齢者が新聞やテレビを望むのは、自分が育ってきた時代ではそれらが「すでに選りすぐりのものを選んだ、正しくて高品質のモノのみを提供している」と教わり、その方法で間違いないと認識していたからなのだろう。
情報量が桁違いに増え、サービスの提供でも情報の過多が逆に問題視され、利用者の中でもオーバーフロー的な感想が出ている昨今。今まで以上にナビゲーターとかキュレーターとかコンシェルジェ的な存在の重要性が高まるはず......なんだけど、日本では特に、その類のものへの対価は軽視される傾向があるからねえ。
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