英語がある日突然耳の奥まで入ってくるように、慣れないことを続けてると、唐突に苦しさが揮発する。筋トレは成果は毎日極わずかだけど、ある日、気づいたら明確に体が締まってる。同志諸君、試しに一週間料理をしてくれ。最初はやたら時間がかかるし面倒だが、数日で楽しくなるはず。
— 鈴木智彦 TOMOHIKO SUZUKI (@yonakiishi) 2016年12月8日
「苦しさが揮発する」という言い回しはステキナイスだなと思わず辞書登録までしてしまいそうになったというのはさておき。これはとてもよくわかるお話。普段コンビニやスーパーのお弁当とかインスタントがメインな食生活をしている人が、ちょいと料理を手掛けてみようかというとこで、シンプルながらもそれなりの調理機器や調味料を整え(とはいってもフライパンやら包丁やらまな板やら皮むき器、フライパン返し程度だけど)、レシピサイトや調理の本などを片手に、簡単な料理にチャレンジするも、分からないことだらけで出来上がるのは消し炭だのスライム的な宇宙人みたいなのだの、形はそれなりだけど味は今二つだったりするのだの。
でもそれを毎日のように続けていると、いつしか経験値が貯まりレベルアップが果たされるようになる。そのレベルアップのファンファーレすら気が付かないけど、ある日突然「あれ、失敗しなかった」「おや、ちゃんと食える」的なものが出来上がってくる。その変化に自身が気が付くと、途端に楽しくなってくる。次は何を創ってみようかと、レシピサイトのページをめくるのがわくわく感で満ち溢れてしまう。スーパーやコンビニの調理品コーナーを見ても「これがおいしそうだ」ではなく「これは作れないかな」と想起のベクトルに変化が生じてくる。
これ、まさに筋トレと同じ。少しずつ変わる自分に、ある日突然気が付くのだよね。ここまでやっても息があがらない、むしろあと10回ぐらいはできるんじゃないかなという余裕が出てくる。成果が見える、体感すると、途端に楽しくなってくるのは、まさにゲームと同じ。レベルが上がって強い武器を使えるようになると、より遠くに行けるって感じ。
なぜ楽しいか。簡単だ。夜、玉子焼きを焼いておけば、鶏そぼろを作っておけば楽しみになる。大根に油揚げを加えて炊いておけば、「朝には大根が染み染みになってんだよな」と待ち遠しくてたまらない。人生の質ということでいえば、これはでかい。すごくでかい。
— 鈴木智彦 TOMOHIKO SUZUKI (@yonakiishi) 2016年12月8日
だから同志諸君。ほか弁買ったらスーパーに寄って、大きな袋の鰹節と味噌を購入してくれ。家で弁当を食う前、湯を沸かしてくれ。そして味噌汁のお椀(程度の器)にカレースプーン一杯の味噌をすくって器いっぱい鰹節を入れる。後は湯をかけるだけだ。美味いぞ。料理は難しくない。この延長でしかない。
— 鈴木智彦 TOMOHIKO SUZUKI (@yonakiishi) 2016年12月8日
料理に限れば具体的にその成果が体現化されて目の前に現れるってのが強い。冷蔵庫に収められたタッパーが一つ増え、また一つ増える。日々の食生活にちょっとしたうるおいが得られ、自己満足を堪能しながら食事ができる。単なる美味しマズしだけでなく、「次はもう少し塩を少なくしてみようか」「これを加えたらもっとおいしくなるかも」と色々と思考をめぐらせながら食をたしなむことができる。
おみそ汁の件は、こりゃ確かに簡単(味噌の量が少々多いように見えるけど)。まぁ最近は一食分の味噌汁用の味噌パッケージもあるので、それでもかまわない。あまりにも味気ないと思ったら、刻みネギとか水で戻した乾燥わかめを加えても良い。
食事の平凡さ、ありきたり感を覚えたり......だけでなく、例えば世の中のあれこれに行き詰まりを感じたら、料理をやってみよう。そんな小難しいものでなくても良い。ぶっちゃけ、レトルト品をベースとして自分なりのオリジナリティを加味したって問題は無い。誰も文句はいわない。食べるのは自分自身なのだから。
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