読みたい本を読むには人生は短すぎると言いたいが、寿命が来る前に意欲が死ぬ、集中力が死ぬ、視力も危ないかもしれない。
— 岩田 敏秀 (@toiwata) 2017年1月30日
これは本当です。昔、某所で年配の人から聞いて自戒してます。
— IQ96マルクス博士は辻音楽師で聖書学者 (@MarkWatermanPhD) 2017年1月30日
老人「君、僕は定年になったらしたいと思っていたことがたくさんあった」
若かった僕「そうですか、どんなことですか」
老人「いやその前に大変なことが起こった」
僕「何ですか」
老人「定年になったら何もしたくなくなったんだよ」 https://t.co/OchSgCnE3i
定年退職をしたら魂が抜けたような亡骸状態となってしまったとの話はよくネタ的に見聞きする。仕事が生き甲斐で、それを奪われてしまったからだとのこと。他方、今件のように、生き甲斐、やりたいことがたくさんあるのに、いざ時間ができたらそれが出来なくなったとのケースもあるという。
時間ができるようになったのに、なんでだろうと思って読んでみると、ああなるほど。あれもしたいこれもしたいと思っていたのに、加齢につれてそのモチベーション自身も削られてしまったのか。視力は身体的な能力減退だから仕方ないし、これは以前に別途解説したこともあるけど(読みたい本はその場ですぐに読んでおけという話)、それ以外の集中力や意欲も、直接的ではないけど、聞いたことがちらほらある気がする。
これは単に、遠足効果...遠足は前準備が一番楽しくて、当日になったら大して面白いものでなかった、待ち望んでいる状態こそが一番楽しい...というものだけではなく、加齢による総合的なエネルギーの先細りってのがあるのだろうな。悟りを開いた的な心境も加わってるのかもしれない。また身体的な衰えも心理的に影響している可能性はある。
実際当方も、お偉い人の口から「歳を取るとモチベーションが減退して想像力そのものがしぼむ」という言葉が出たことを覚えている。体が追いつかなくてと加えてもいたのだけど、果たしてそれだけが原因だろうかとも思ったり。まぁ、その辺りは人それぞれなのだろうけど、まるで膨らませたゴム風船のように、時間が経つに連れて気力がしぼんでしまう現象はあるようだ。これは特に「定年になったらやりたいと思っていたこと」に限らないのかもしれない。
「退職したら、やりたいことがいっぱいあると思っていたのに、やりたいことがなくなってしまった」というツイートが回ってきた。
— 山中俊治 Shunji Yamanaka (@Yam_eye) 2017年1月30日
そうね。やりたいことをして生きるって経験積まないとなかなかできない事なんです。ゆっくり見つけてください。
他方、こんな話もある。個人的にはむしろこの説明の方がしっくりくる。加齢によって心身共にエンジンをかけにくくなると、やる気スイッチを入れるまでのハードルが高くなる。そのハードルを飛び越えられる、飛び越したくなるような目標を見つけているか否かが、個人個人のモチベーションを維持できるか否かの違いではないかな、と。
そのためには色々な経験を積んで、色々な領域のある一定度の高みに達することが大切だし、多種多様な方面に手を出して自分にとってドストライクな存在との出会いを得られるか否かが問題となる。日々これ精進、生涯勉強の繰り返し、という感じなのかな。
例えばですが老眼になるだけで読書をはじめとする文字を読むタスク全般が辛くなったり億劫になったりとかありますね、あと腰を痛めても面倒になってくるもの。
読書って目と体躯の両方が健康じゃないと辛いんですよね、若いうちに量をこなすべきだったと反省しています。