日本の手仕事ロストテクノロジー化、それ自体よりも「職人技をブランド化して付加価値とする」技術がへっぽこなのが致命的だと思う。
— MASA(第七駆逐隊建造中) (@masa_0083) 2017年5月28日
海外の時計や銃に美しい手仕上げの彫金が入ると高額化するけど、それは「職人技の価値」をたゆまず現代人にアピールする技術があるから成り立つんだ。 pic.twitter.com/RYgPjtu5iw
こういう彫刻を「古くさい、ダサい、カッコ悪い、無駄」って価値観が蔓延したら、たちまち技術は消滅しちゃう。
— MASA(第七駆逐隊建造中) (@masa_0083) 2017年5月28日
現代に合わせて技術をアレンジしつつ、「伝統技術だけど素敵で美しい」っていうイメージを普及させる事に成功してるから、海外のブランドと技術は成立している。
ここしばらくの間、日本の伝統芸能やら手工業的なものが「高値では買ってくれないし職人への手当てが満足に出せないので後継者がおらずロストテクノロジー化する」という話がちらほらと入っている。個人的には全部の技術がではなく一部である以上、情報展開のハードルが下がってきたことから、これまでにも生じていたものが不特定多数の目に触れるようになったまでの話かなあと思う一方で。
国内の技術展示会などでもよく見聞きするし実感もするのだけど、「技術はスゴイ。でもそれをビジネスにする、少なくとも継続的に研究させるためのリソース確保はどのように考えているのか」という疑問に答えられないのが結構あるよなあ、それと似たような問題かな、とも。
すべての海外技術が、ではなく、海外技術で継続し続けているものという意味で、日本でも同じ様式で生き続いているものも多分にあるのだけど。イメージ普及ってのはようするに需要を喚起させる、需要に応える形に進化していくってことではないかな、と。
身近な例でいえばレトルト食品。電子レンジの普及率の向上に加え、湯せんへのリスク(子供とかお年寄りとか)を考慮した上で、電子レンジで調理できるようなものが開発され、今ではそちらが主流となりつつある。
話題になった美しい国産ビーズだって、現代的なデザインのポーチに採用されていたら、技術は廃れなかった。
— MASA(第七駆逐隊建造中) (@masa_0083) 2017年5月28日
技術はそれ単体では無価値で、時代に合わせて使い道を与えないと有効活用できない。
逆に言えば、使い道を与える能力が低いから失われてしまうんだ。
そして失った技術は帰って来ない。
これ、航空防衛産業に参入したがってる、中小の精密加工業者なんかにも、同じ事(高付加価値化が下手)が言えると思う。 https://t.co/VDQFcPoxcW
— 竹内修 (@otfsx1228) 2017年5月28日
このドイツ製腕時計には「チェーンフィジー機構」という、ゼンマイの力をチェーンで伝達する機構が入ってるけど、彼らは18世紀ごろの懐中時計用技術をあえて復活させて搭載している。
— MASA(第七駆逐隊建造中) (@masa_0083) 2017年5月28日
チェーンは職人さんが一つ一つ組む。無価値になった技術を現代に付加価値を付けて蘇らせている。 pic.twitter.com/57r7GSTwxE
「過去の技術遺産を現代に復活させて腕につける」事に「ロマンを感じさせる」事ができなければ、こんな企画はそもそも成立しない。
— MASA(第七駆逐隊建造中) (@masa_0083) 2017年5月28日
技術も高度だけど、そういうイメージを顧客に広めるコマーシャル能力やプロデュース能力が高いから出来るんだ。
日本企業はその辺が上手く回っていないんだと思うね。
もやっとしていたものをすっと解説してくれた感。無論このようなケースがすべてとはいわないけど、技術のマネジメント能力の問題なんだろうなあ、という感は強い。
要は生命体の進化過程と同じ。環境に合わせた進化をしないと、その生物は滅んでしまう。環境変化を察知するアンテナ、そのアンテナから得た情報を精査する能力、そしてその精査情報を基に生き延びるための施策の立案と決断。技術の確立と継続には、技術のみでは難しいのだよね。
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