東京新聞とか酷くて読めたもんではないので企業人あまり読まないし、その企業人が有権者の多くを占めてる訳で、他人に変革を促す前にまず東京新聞が変わる姿を見せてみろよ、と思うのだが何か間違ってますかね? https://t.co/pVuKAKKa9B
— 青梅国際カントリー支配人(嘘) (@spa_inquisition) 2017年6月17日
まぁ、民進党が選挙互助会でも何でも構わないんですけどね。そんなどうでもいいことより、野党とメディアの癒着ぶりって、本来「報道機関」なら心底問題にしなきゃいけない事象のはずなんですけど、一切騒がないところ見ると本邦に「報道機関」って存在しないんだね。
— いむらや (@reichi062) 2017年6月17日
「新聞(を含むメディア)が正確な情報を伝えるもの」という認識はそろそろ改めた方が良いだろうね。だって検証しないんだもの。検証しないメディアに報道機関としての価値はない。
— いむらや (@reichi062) 2017年6月17日
報道機関とは公正で中立な立場から正しい情報を分かりやすく、素早く大勢の人に伝えることを社会的責務としており、それが可能なだけのツールとノウハウを持っている。だからこそ、その社会全体の便益を維持するためにさまざまな特権や例外を認められている。社会的責務を果たすことこそが存在意義なわけだ。お仕事をしたから対価をいただけるというような、ごく当たり前の関係。
で、今の報道機関はその社会的責務を果たしているのか否か。与えられている特権の濫用が進み、責務がどんどんないがしろになっている感は強い。そし社会的責務を果たしていないのならば、存在意義は無い。
無論人が携わる以上、色々な考えによる影響が生じるから、軸のぶれが生じることはある。しかしそのぶれが、許容できる、意図せず生じてしまう領域を超えていないと誰が主張できようか。
経産省の施錠とか、報道機関は「自分たちは世の常識と異なる行為を許されて当然」て意識が強すぎるんだよなぁ。
— Rogue Monk (@Rogue_Monk) 2017年6月17日
あの意識が醸成される環境て、何なんだろう?https://t.co/F996V6TEo6
それにしても10年前の記事をきっちり残してくれる海外の報道機関の姿勢、日本の報道機関も見習ってほしい・・・というかもう10年も前なんだこの記事・・・
— JSF (@obiekt_JP) 2017年6月17日
そもそも日本に「報道機関」が存在するのか、という疑問。煽動機関ならいくらでもあるようだけど。
— いむらや (@reichi062) 2017年6月17日
特権の維持と拡大ばかりを求め、社会的責務の遂行は見向きもしない。過去に作られた業績を振り回し、後の世に継続させることより、自らの利にかなうことばかりに熱心となる。まるで「脱成長論」を語る方々のようですらある。
「自分たちは世の常識と異なる行為を許されて当然」ってのは、要するに特権意識、選民意識の類なんだろうな。
このところ日露戦争時の新聞を大量に読んでいたわけですが、権力装置としての新聞・マスメディアって最強ですな。何を今更と言われるかもしれんけど、一般大衆と政権、両方同時に抑圧できる。これは神の力ですよ。マジンガーZ原作冒頭の如し。
— 樫原辰郎 (@tatsurokashi) 2017年6月17日
東日本大震災以降、報道メディアの「恣意性」に辟易しているんだけど、きっと僕がちゃんと目を向けていなかっただけで、昔からそうだったのだろうね。マスメディア、特に全国規模の新聞とテレビは巨大な権力だよ。権力であることに無自覚なのがまた難儀なんだよ。間違いなく巨大権力なんだ
— 菊池誠(6/28,7/27,30ライブ) (@kikumaco) 2017年6月18日
選挙で落とすことも不可能だし、規制しようにも報道/表現の自由との兼ね合いからそれも不可能と。下手に独裁的な政治家よりも厄介な権力でもあります https://t.co/mP0z2DPDSs
— 各務原 夕@是非もないよネ! (@nekoguruma) 2017年6月18日
この類の流れの理由には色々なものがあるのだろうけど、昔からある程度素質(悪い意味での)はあったのだろう。それが可視化され、さらに情報の性質が変化して加速した感はある。ノブレス・オブリージュの欠片すらないのは、あるいはそれを誤解してドヤ顔してるのは、今やかつて報道に与えられていた権限が分相応になってしまったのだろう。
しかもこの暴走した「権力」は基本的に歯止めが聞かない。【境界線とグレーゾーンと報道の「歯止めなき力は正邪の別なく暴走する」】でも触れた、「歯止めなき力は正邪の別なく暴走する」の言葉の通り。
他方、「権力であることに無自覚」ということは無い。単にその権力を王権神授説のように考え、何にも束縛されない絶対的な力であり、悪にはなり得ないとているだけの話。得てして権力を持つ側は、自らの力を(多分に「悪しきもの」という印象のある、過剰な振る舞いで悪影響を及ぼす)権力とは認識しない。正当な力であり、当然の権利であり、むしろ義務として果たさねばならないといった感じ。
トモダチ作戦にも参加して日本人を救助した経歴のある艦に対してこの言い様。「自衛隊は災害救助部隊に」と言っていたメディアの中にいる人間の意識など、所詮この程度である。 https://t.co/1pKjHAnid8
— ユーリー (@Yuriy_Julius) 2017年6月18日
https://t.co/NLDTcXyfII SNSの進歩でわかったことは、報道、第四の権力が、ものすごいレベルで馬鹿だったり、思想的に偏ってたり、このレベルで政治を叩いてたのかとがっかりするケースがあまりにも多くてちょっと不安になるって何かだよ。
— 鐘の音(政治社会) (@kanenooto8459) 2017年6月18日
国際報道部の今村記者とこの小滝記者と...今日はあの新聞の炎上祭りでも企画されてたのかしらと...
— スイカ羊 (@suika_sheep) 2017年6月18日
(๑;°ヮ°) pic.twitter.com/u9I1usPekb
同じそば事案でも森友の場合は学園長に次々取材して語らせているテレビも新聞も、加計の場合はほとんどアプローチせずに信ぴょう性の低いサイドの声を次々挙げている点だけでも、報道の偏向性は明らかなのですよね。
— 不破雷蔵(懐中時計) (@Fuwarin) 2017年6月18日
新聞社で自社の記者が所属を明確にしてツイートすることを許しているとこは複数ありますが、朝日新聞社については社の益になっているとは言いがたいです。
— あさくら めひかりフライ (@arthurclaris) 2017年6月18日
加計学園問題の何が危険かって、真面目に申請をし続けてようやく勝ち取った認可ですら、野党とマスコミのオモチャにされてしまうって事なんだよな。こうなると政治家と個人的な交友関係がある人は申請できなくなってしまう。
— ええな@ねこモフ&ねこガブ (@WATERMAN1996) 2017年6月18日
さらに、これまで同じスタイルで色々と扇動させられ、結果として社会のリソースを大きく無駄使い、さらには回り道させられ、あるいは間違った道へ歩ませられていたのではないかとする疑問がわいてきます。そしてそれは恐らくその通りなのでしょう。https://t.co/fSXyLjykvc
— 不破雷蔵(懐中時計) (@Fuwarin) 2017年6月18日
朝日新聞の編集委員が亡くなった乗員に対して「戦場でもないところで何やってんの」とか言ってるらしいが、戦場でもないところで当直でもないから寝ていたのであって、それで衝突事故で区画ごと潰されて死んだことを責められるとか、酷すぎる話だ
— ぱら⚓みり(準軍事組織研究) (@paramilipic) 2017年6月18日
当時の当直乗員や艦長らは責められるだろうが、それを行うのは当局(捜査・事故調査)や海軍であり慎重な調査の上で法と証拠に基づいて行うこと。報道関係者が行うことではない。事故とは直接関係ない乗員を「戦場でもないところで」などと責めるのは論外だ。
— ぱら⚓みり(準軍事組織研究) (@paramilipic) 2017年6月18日
「感じ悪いよね」少し前に反社な方々が用いたのを思い出すのですが、それを日経の公式アカウントが使うのはいかがなものでしょうか。先日の朝日新聞の認証付記者同様、「報道」の質を問われる言及に違いありません。https://t.co/8MgzfAGgzY
— 不破雷蔵(懐中時計) (@Fuwarin) 2017年6月18日
すでに記録されてました。のでキャプチャーも合わせhttps://t.co/7n149rYf5t pic.twitter.com/ejyMhXDiwQ
— 不破雷蔵(懐中時計) (@Fuwarin) 2017年6月18日
いくら個人の見解と書いても、公式アカウントであり社名を出している以上会社の責任が残るわけです。RT @reimeinihon: @daitojimari @toukaiteigo 朝日新聞社員のツイッターでだいぶ朝日新聞の評判が落ちてますよねえ
— 渡邉哲也 (@daitojimari) 2017年6月18日
「個人の見解であり、、」とプロフィールに書いたところで、公式アカウントであるとともに社名を出しており会社HPからリンクもされているので、会社としては個人の見解として逃げることができないわけです。 問題があれば懲罰や使用停止などの処分が必要で、賠償責任を問われる可能性が高いのです。
— 渡邉哲也 (@daitojimari) 2017年6月18日
朝日新聞 会社HPにある社員の公式アカウントのプロフィールに「個人の見解、、、」としていますが、個人の見解であれば社名を出してはいけないし、会社が公式アカウントを与えることはできないわけです。 社名を出しての行動には会社側に責任が残り、管理する義務も生じるのです。
— 渡邉哲也 (@daitojimari) 2017年6月18日
一般の会社で満たされているガバナンスが出来ていない。 間違った特権意識とそれを批判する人がいないからと思われます。 https://t.co/2Ul6zbqkKy
— 渡邉哲也 (@daitojimari) 2017年6月18日
日本経済新聞電子版 悪質な印象操作TLですね。感じ悪い、気がしますってなんですか? https://t.co/0Q0RujlHXt 「安倍1強、何か感じが悪いよね」という意識が国民の間に高まっている気がします。
— 渡邉哲也 (@daitojimari) 2017年6月18日
(*´∀`)個人の感想を言いたいなら、会社や役職を全て伏せた状態で言えばよいのにね。少なくても所属する組織を代弁してるとの誤解はそうしたら生まれないのに
— moltoke◆Rumia1p (@moltoke_Rumia1p) 2017年6月18日
はい RT @gusinraisan: @daitojimari @kissaka 仮に記事紹介ツイートだと言い訳するのだとしたら、自社でつけた「内閣支持急落49%、加計説明「納得できぬ」75% 本社世論調査 」という正式な記事タイトルで紹介するべきでしょうね、アレ。
— 渡邉哲也 (@daitojimari) 2017年6月18日
ここ数日目に留まるものだけを挙げても、報道内部の無責任な発言、恣意的な語りがあまりにも多すぎる。個人としての発言ならば、個人の肩書で語れば良い。所属部局の肩書を有した上での発言は、同時にその肩書の責を負うことになる。ましてや公式な媒体のアカウントでの発言となれば......。この気のゆるみというか雑さというか焦り感というか質の低さはいったいどうしたものだろうか。この類の発言が単に居酒屋での酔っぱらいの戯言ではなく、不特定多数に向けた公知であることをちゃんと認識しているのだろうか。
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