報道の虚無化は情報過多が原因ともいうけれど

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多角化と蓄積・検索機能の普及により、情報そのものが多次元的なボリュームを要するようになり、これまでの報道界隈のノウハウや経験では対応しきれなくなった。これが昨今の報道の空洞化、虚無化の一因ではないかとする考え方がある。それもほんの少しの理由ではあるのだけど、多分はその説明は単なる言いわけでしかないというのが当方の結論。

しかしながら昨今に限ってもそば事案(森友・加計)や、「こんな人たち」と「差別主義者、排外主義者」の事例でも分かる通り、単にキャパオーバーによる対応不十分ならばあらゆる方向に痂疲が生じるはずなのに、実際には誤報・虚報・捏造報道や「粉飾報道」の類は、多々特定方向にのみ生じている。くだんの「文春砲」も同じ構造。その傾向を見る限りでは、多分に「分かった上で意図的に」な感が強いのも事実。


エンタメならば確かにその通りではある。今までの手法を流用でき、少ないリソースでウケが狙えそうなもの。しかもタイアップ企画などで利益を上乗せできるもの(報道の場合は「核心的利益」だね。政派的な思惑とか)。趣味系の雑誌で定期的に同じようなネタが繰り返されるのが良い例。

ただそれは、趣味や娯楽の雑誌、エンタメや論説でなら構わないのだけど、報道ではアウトとなる。報じない自由、いや印象操作とか粉飾報道になるのだよね。

やはり多分に意図的にやってるんだろうなあ。だからフェイクがバレるのも同じ方向性のものばかりとなる。町内にラーメン屋AとBがあって、内容的にはほぼ同列。でも町内新聞ではA店の悪業ばかりが次々と伝えられる。ささいな事とか解釈違いとかも山盛りで、新聞で伝えた内容がフェイクだという指摘も多々出てくる。それでもB店は何も伝えられない。そういうのと同じなんだよね。

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このページは、不破雷蔵が2017年7月19日 08:01に書いた記事です。

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