知るのが面白い、わかるのが面白いなど、無条件の快楽の部分もあると感じます。
— はくさい@ワサラー団 (@hakusaii) 2017年8月22日
問題の分解・再構築をし演算のための指示を出すのがプログラミング。
— KGN (@KGN_works) 2017年8月22日
効率化やらの問題が商用レベルでは出てきますけど、そこはまあ専門家にお任せで。
夏休みも終わりに近づいたからかもしれないけど、子供の頃の学習の意味合いに関わる話が色々と出ている。大人になった人たちが子供の時のあの学習部分は必要なかったなあと思い返したりする話もちらほら。トリガーとなった指摘(諸般事情で引用は無し)も、そのような話が合った上で、最大の不勉強の損失は「勉強してたら避けられるダメージを受けてしまったり、人生の選択肢が減ってしまっていた」ということにあるとしている。
他方、この類の話には良く「選択肢なんて無駄なモノばかりだし、自分に合ったものを選べばそれ以外は選ばれないのだから、それを用意するのは無駄」との話もある。それも一理あるのだけど。
無駄というのはいつ判断できるのかな、と。人生の最後まで見極めたアカシックレコードを産まれた時にチェックできて、その上で最適格を選べるのなら話は別だけど。あるいは昔のように、農家に生まれたらその子供は絶対に農家を継がねばならない的な状態ならば理解はできるけど。
それに往々にして「無駄だった」という話には、無駄でなかった機会に気が付いていないだけだったりする。あるいは無駄と判断してしまうような選択をしたまでの話。バイキングでカレー用のスプーンを取ったけど、結局カレーは食べなかったよ、的な。
全国少年少女の皆さん、小学校の算数から図形にはじまり数学なるものは、数多の仕事の中でも前触れ無く必要となるのであります。
— 株式会社石井マーク (@ishiimark_sign) 2017年1月26日
例えば斯様な柱巻きステッカーに「竹槍よろしく斜め分割する線」が必要となればたちまち三角関数が襲ってきますから、疎かにしておりますと私の様に大変な目に遭います。 pic.twitter.com/9iYBOnhF9Y
「学校の勉強なんて役に立たない」......とんでもない!人生のおよそ8割は『小学校、中学校で習った勉強とその応用でクリアできる』のですよ。ぶっちゃけ、義務教育をがっちり身につけておきさえすれば、人生の大半の局面はなんとかなります。
— 青木文鷹 (@FumiHawk) 2017年8月23日
本当に人生のおよそ8割は『小学校、中学校で習った勉強とその応用でクリアできる』のです...が、逆に言えばどんなに高学歴になったとしても、義務教育部分で取りこぼしがあると、人生の各局面で"詰む"のです。お子様に明るい未来をと、思うのなら高等教育よりもまず「徹底した義務教育」がおすすめ。 https://t.co/9cFeMLy8me
— 青木文鷹 (@FumiHawk) 2017年8月23日
で、加えて言うのなら指摘されている部分もあるけど、「役に立った」と明確に認識できる知識や勉強の結果ってのは滅多になく、日々の生活の中でいつの間にか使われていたり、判断基準の材料として用いられていたりする。また、高度な選択、判断、経験をする際にも、基礎的な部分が無いと間違ったり余計なリソースを使わざるを得なくなったりするわけだ。「シヴィライゼーション」シリーズのゲームをしている人なら良く分かると思うけど。あるいはロールプレイングゲームで取り損ねたアイテムがあって、後々のマップで詰んだり、やたらと苦労する羽目になったり、といったたとえなら分かるかな?
まぁ結局のところ、何を選択するかしないかも当人の自由ではあるのだけど。伝えるべき情報は伝えておくべきではある。
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