ツイッター見てるといつもみんな楽しそうに見えるけど本当はこうなんだろ? 違うの・・・? pic.twitter.com/N3QbUKEHxB
— かずみ義幸 (松本ドリル研究所) (@doriken3) 2017年10月19日
「何当たり前のことを」と突っ込まれたらそれでオシマイな話ではあるのだけど、指摘されると、確かにそうだよなあという、あるある話。24時間ぴったりと密着をして逐次対象者の実情を報告しているドキュメンタリーの放送ではなく、語り手本人の意図で取捨選択した結果としての表現なのだから、すべてがすべてを表しているわけではなく、それを読んでいる他の人が、その人のすべてを知り得るわけではない。
むしろブログやウェブサイト、ソーシャルメディアで語られているお話は、リアルタイムで自動取得されたものでもない限り、本人が他人に公知したいと考えた内容でしかない。断片のみのお話なんだな。
第三者はその断片のみを見ているので、どうしても全体を見誤ってしまう。幸せジェットストリームアタックなる表現も、あながち間違っていない。まぁ逆に考えると、良かった探しが勝手に行われている状態とでも表現できようか。
そうそう、SNSは基本コレ。ただ、その中でも Twitter はまだ苦労の部分も正直に吐露されている方だと思う。前向きな事しかダメな印象の Facebook、オサレな事しかダメな印象のインスタグラムより玉石混合で面白いと思う(筆者の主観です) https://t.co/GZ5To8GxOP
— ファニィ (@fanybot) 2017年10月19日
同感。Twitterはシンドいときにシンドいと呟けるし、その結果 捻挫かと思ってた足の痛みを通風だと適切に診断さえしてくれる集合知。 https://t.co/koTw6CKzfr
— たいたい竹流 (@torgtaitai) 2017年10月19日
ただ、指摘の通り、ツイッターは表現のハードルが低いのと、1表現(ツイート)あたりの文字数に制限があるので、ハッピーでポジティブな話だけでなく、口やらたわごとやらもぽろぽろ出てしまう感は強い。これがFacebookだとポジティブな話のみを出さねばいけないような雰囲気だったり、インスタグラムだとなんだか小洒落た写真のみ存在が許される的な感じが強い。ブログのようなカオス感があり、他人の様相をすぐに見渡せるのがツイッターの長所であり、短所でもあるのではないかな。
もっとも。たとえ同居していても相手のすべてを把握することはできないし、さらには自分自身でも自分のすべてを認識することは難しい。見るためのスリットの大きさが違うだけってことでしかないのだよな。さらにいえば、見えるものすべてが事実とは限らないし、ねえ。
まぁ、すべての物事を見知ることができたら、それはそれで面白くもないし、逆に精神が耐えられないような気もするのだけど。
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