PCやスマホがなくても「生きてはいける」が、ある人とない人とで生活・労働上の条件に埋めがたい差が生まれている。(この認識が薄いのが辛い)だとすれば「通信回線の提供と機器の利用」は、もはや文化的な生活に必須なのは自明。むしろテレビの方が代替可能な存在になってしまっているわけで......。
— Munechika Nishida (@mnishi41) 2017年11月29日
恐らくは先日の生活保護とパソコン周りの判決から派生したのかなという気はするけど(この件自身は実のところ報道そのものが多分に恣意的だったので、広まっている話とはかなり違うのだけどね)。ヨーロッパで発生している移民・難民問題の際に、対象者がスマートフォンを持っていることに対して賛否両論が沸き上がったのを思い出した件。山奥で一人暮らしを続ける世捨て人的な話なら別だけど、現状では情報ってのは日常生活に必要不可欠なものとなっていて、インターネットが使えないってのは致命的なレベルの問題となる。インフラならば電気や水道、ガスが使えないぐらいの不便さ。あるいは言葉が通じないぐらいかも。
で、普通の人にとって、パソコンやスマホ...とプラスのインターネット環境は事実上必要不可欠であり、無い人は世の中から隔絶されたような状態に置かれる。高齢者にはインターネットに触れずにテレビと新聞だけで世の中の情報を得ているような人もいるし、昔はそれが当たり前ではあったのだけど、今ではかなりキツイし、偏屈になるのは必至。「「通信回線の提供と機器の利用」は、もはや文化的な生活に必須」ってのは言い得て妙であるし、憲法に定められた健康で文化的な最低限度の生活に不可欠なツールではないかとすら思える。
そう考えると、「テレビの方が代替可能な存在になってしまっている」というのも言い得て妙ではあるし、ましてや新聞をやという感は強い。例の軽減税率云々でもデータを挙げてツッコミを入れたけど、新聞界隈が「自分達は日常生活に不可欠な存在だから軽減税率適用しろ」という主張は、前世紀はともかく今では的外れなものでしかない。新聞よりもむしろインターネット接続料やパソコン、スマホ代金に軽減税率を適用した方が理にかなっているのだよね。
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