いやホント、現代のソーシャルゲームで物語を展開する作品最大の問題が、やっぱり「サービス終了後に閲覧する方法が無い」なんですよね。マンガやアニメは単行本や録画、リメイク販売によって『10年ぶりに触れてみる』も割と容易だけど、ソシャゲはそれを実現するのが現状難しくて......
— ぬのかわ (@leather_770) 2018年5月8日
今の20代以上のオタクが味わえる、「中高生の頃に好きだった作品を今の歳で触れることでまた別の想いを抱く」を、今現在ソーシャルゲームをやっている10代も数年、十数年後に体験できるのかってすごく気になるんですよね
— ぬのかわ (@leather_770) 2018年5月8日
あとはシンプルに「過去の名作に触れる」もソシャゲによってどうなっていくのか
— ぬのかわ (@leather_770) 2018年5月8日
以前からゲームの保存性については色々な視点で考察しているし、先日からサルベージしたビデオテープの動画データ化に取り掛かっていることもあり、分かるボタンをフルスロットルで押したくなるし、分かり哲也さんがエグザイル状態で脳内乱舞しているのだけど。
昨今のソーシャルゲームって玉石混淆ではあるのだけど、良いものはストーリー性もしっかりしており、映画や書籍のようなち密さを持っていて、多数の人に触れられて共通認識素材となり、二次作品が多く輩出されていく。けれどそれらの作品のベースとなるソーシャルゲームそのものはいつかは運営を終えてしまう。
運営が終わった時、その作品自身に何が残るだろうか。映像作品とかメディアに記録されているスタンドアローンのゲームなら、再生してチェックをすることはできる。けれどソーシャルゲームはそれが出来ない。クライアントソフトを立ち上げることすら叶わず、たとえできるタイプのものでも、サーバーと通信ができません的なエラーメッセージが出ておしまい。
以前から指摘しているけど、これって例の電子書籍問題と同じく、データを手元に置いておかないタイプの利用スタイルにおける弱点というか問題点ではあるのだよね。使える状況下では便利だけど、使えなくなった時の不便さは非常に大きなものとなる。
ソーシャルゲームの場合、記録として残せるものは紹介記事とか実況動画とか、宣伝用の素材程度。ゲームプレイ中の感覚そのものの体験は二度と出来ない。今後大きな問題になってくるのだろうなあ、これ。
ビデオのない時代のテレビみたいなもんになるんやないの?
あれも放送終わったら触れられんやん
大河ドラマすら初期作は映像喪失して見れんのばっかやで