EM菌や教育勅語報道に見る、現在の報道界隈の実情

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内閣改造周りで出てきた2つの話題、EM菌と教育勅語。この報道内容を見るに、今の報道界隈の実情がずんどこ分かるような気がするので、覚え書きとして。

まずはEM菌。以前から、特に震災以降はその使われ方に関して色々と問題視されていたのにも関わらず、報道サイドはむしろ肯定的に報じることが多分にあったにも関わらず、閣僚の一人が関係していそうな香りがあると分かった途端にこのやり口。中には「どのような手立てとして使われようとも、悪しきEM菌界隈に対してその実情を公知できる機会ができたのはよいこと」との評価もあるけど、それ以上に、いやむしろ「内容の良し悪しなど関係が無く、現行政権サイドを叩けるのならば何でもよい」という、非対称性ここに極まれりというか、機関紙的な実情が暴露された感はある。

今件でEM菌の話が持ち上げられればられるほど、「何でこれまで報道界隈は同じような糾弾姿勢を示せなかったのだろうか」という疑問が膨らんでくるのだな。


「教育勅語」の件もそう。報道をきっかけに一部界隈が大騒ぎしたけど、また切り貼り編集偏向報道だろうと触れていなかったら、やっぱりそうでした、的な。

報道されて騒がれたら、一次ソースや事象の大元をたどらないとダメ。何となく、伝えられていたから、雰囲気で、扇動され報道界隈の思うがままに誘導されてしまう。

では今の報道に何の意味があるのか。正直、何の意味も無い。せいぜいアンテナとして、あるいは誰の迷惑にもならない雑談のネタとして。「ネットの情報は危険、フェイクニュースが多い、事実かどうか分からない」と新聞や有識者がよく語るけど、新聞などの報道界隈や有識者の言及もまた、確からしさの上では大した違いは無いように思える。むしろ意図的に過ちを流し、指摘されても「報道の自由ガー」「言論の自由ガー」と騒いで価値を強要する。

そして検証のために記録を残そうとすると「萎縮する」「自由な報道の邪魔となる」と逆切れする辺りを見るに、意図的にやっているのだろうなあ、というのが個人的感想。そのダイナミック好例はここ1、2年のもりかけ騒動、そして震災以降のあれこれ、さらにはここ数日のEM菌関連や「教育勅語」に関わる報道姿勢だったりするのだな。

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このページは、不破雷蔵が2018年10月 5日 07:55に書いた記事です。

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