相互監視体制があるべきなのにほとんど無かったよね、的な昔のマスコミ

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インターネット、特にソーシャルメディアの最大の特徴にしてメリットは、情報発信のハードルを無茶下げたこと。かつては一部の界隈のみの特権だった情報の発信と拡散がけた違いの大勢にできるようになったことで、情報は発信する特権階級が一方的に発信し、多数はただ聞く耳を立てて平伏して受け取るだけという構造が崩れてしまい、誰もが相互に情報のやり取りをできるようになった。

フェイクニュースはネット発で既存のメディアはそれを監視して正す立場にある...なんて話が盛んに既存メディアから主張されているけど、それもまたフェイクなニュース。元々意図的なウソ話はどこからででも発信され得るもので、それがフェイクニュースとラベリングされたに過ぎない。朝日新聞のKYとか二つの吉田問題とかが典型的なフェイクニュースだよね、と。

で、よく考えてみると、メディア関係者以外からそういうツッコミが入るようになる前の時代においては、メディア自身で相互チェックとか無かったのかな、という疑問が湧いてくる。そりゃ皆無ってわけでは無いけれど(皆無とか全然働いてなかったとか表現すると、例のファクトチェックな人達が棍棒ふりまわしてやってくるぞー)、そういう事例はまれだったりする。

そういう相互チェック機能、自浄能力がほとんど働いていないからこそ、現状のようなスットコな状態になっているのだなあと考えれば、するりと理解の紐がほどけてくるのだな。既得権益とか利権とか大騒ぎする業界が、実は一番のそういう問題を抱えて退廃していたという、よくあるパターンな気がする。そして今でもそういう機能はほとんど働いていないのだけどね。恐らく。

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このページは、不破雷蔵が2018年12月20日 08:02に書いた記事です。

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