ツイッター上では、全く知らない人に対していきなり「質問に答えろ」とか言ってくる人がいるけど、そんな人には利根川の下記名言を贈りたい。
— 中村剛(take-five) (@take___five) 2019年6月20日
「質問すれば答えが返ってくるのが当たり前か...?なぜそんなふうに考える...?大人は質問に答えたりしない。それが基本だ。」
カイジの利根川の名言はともかくとして。ソーシャルメディア、特にツイッターでは意思疎通のハードルが滅茶苦茶下がったため、その意思表示が現実としてどのようなものであるかを理解していない人が結構いるような気がする。街中で突然見知らぬ人から「アナタハカミヲシンジマスカ」と呼び止められたらどう思うだろうか。友達と立ち話をしていたら見たことも無い人から話に割り込まれたり、さらには自分のポエムの感想を求められたらどんな印象を持つだろうか。
以前も説明したかもしれないけど、相手に向けての直接の意思疎通は、ポストへのチラシ、ダイレクトメールの投函に等しい行為。ポストに投函されたチラシをどのように処理するかは受け取り側の判断に任される。読もうが読むまいが、さらにはそのままゴミ箱に直行させようがは自由でしかない。投函したものは全部読むのが義務だろうと思っていたら大間違い。さらに嫌がらせ的なスパム行為と認識されれば、投函停止の措置すら取られるかもしれない。
その辺りの常識的な話はちょっと考えてみればすぐに分かるはず。ソーシャルメディアだって単なる意思伝達・疎通の手段でしかないのであり、見知らぬ人との間の情報的な距離を縮めることはできても、人と人との実態としての距離を縮めたわけじゃない。ソーシャルメディアを用いることで、自分が普段は新聞やテレビなどでしか見ることができない著名人の動向をつぶさに観察することはできても、それが自分と身近な存在になったことは意味しない。距離感の誤認が生じてしまう、とでも表現すればいいのだろうか。
突然「質問に答えろ」的なアプローチをかけてきたり、さらには乱暴な口調で投げてくるのは、この距離感の誤認が多分の原因なんだろうなあ、とは思う。十年来の友達、あるいは下僕と同感覚で、声をかけているのだろう。実のところそういうアプローチに対しては、ダイレクトメールを読まずにゴミ箱へ捨てるのと同じような対応をされても仕方がないという次第ではある。
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