「他人の得が許せない」人々が増加中 心に潜む「苦しみ」を読み解く (1/5) 〈AERA〉 https://t.co/Qn24YC41mo ルサンチマンとか妬み・嫉み等の言葉があるように、この類は過去から存在し、増加中という裏付けは無い。この記事は所謂「過度の一般化」「早まった一般化」という扇動家の常とう手段。
— 不破雷蔵@ガベージニュース (@Fuwarin) October 15, 2019
「他人の得が許せない」という人が増えているから、色々な事案が目に留まるようになる、それは心の苦しみによるものだ云々といった話。キャッチーなタイトルで客寄せを模索したのか、やはり結構話題となったのだけど、いざ読んでみると、他人が得をすることに対して許せない的なパターンの話がずらずら出てくるけど、肝心の「「他人の得が許せない」人々が増加中」のエビデンス的なものがさっぱり無い。どうしたことだ、これは。
結局のところ今件は、過去から同じような環境は存在しており、増加とか減少ということは言えないまでの話。主張する上で色々と都合の良い話を抽出してきて、それがあたかも統計的に裏付けられているような論評の仕方。「過度の一般化」「早まった一般化」という扇動家の常とう手段ではある。
むしろインターネットによる情報の蓄積・検証の容易化、相互意思疎通のハードルの低下などによる、可視化と見た方が道理は通るのだよね、仮に「「他人の得が許せない」人々が増加中」のように見えたとしても。分かり易い例が「最近は青少年犯罪が増加している」というもの。
その可視化によって個々の心の内に秘められていたものが増長してしまう可能性はあるけど。
第一今件、例えばお金持ちに対する「他人の得が許せない」が出てこないってのも不思議な話なんだよね。
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