参院埼玉補選、上田氏が初当選=投票率20.81% https://t.co/itiP2bFzCD 投票率の低下は政治への無関心というよりはむしろ、ほぼ確定している結果だからあえて投票する必要もないとの思惑が強かったのではとの解説。内閣府の世論調査でも若年層を中心に同様の傾向がみられるとの話も。
— 140gnews (@140gnews) October 27, 2019
先日ポスターをチェックした埼玉県の参議院議員補欠選挙。結果は順当に上田氏の当選となったけど、投票率が20.81%と異様な低さで、色々と物議をかもしている。ヤフコメでも政治意識の低迷とかお人よし云々とか。さらには投票した人の分しか支持されていないのだから、当選した上田氏の支持率は13%だ云々とか。
この類の話、特に投票を棄権した人は明確な意欲を持っていて、その人達が投票すれば云々という仮説話とか、意思を示した人か少数なのだから無効だという話は、選挙のたびに持ち上がる。
例えば投票当日が大雨とか台風だったり、地震が起きたりなどで物理的に投票が困難な状況に置かれているのなら、投票率が低かったことには問題がある。ただそれでも、投票日は事前に決定されるものだから、投票当日の状況を予想できるはずも無く、仕方がない面もあるけど。
他方そのような要因が無い限り、投票率の低下、つまり棄権票の増加は、単純に政治への無意識感の問題に限った話ではないのかな、という気がする。
どういうことかというと、投票棄権は単純に「政治に興味がない」というものでは無く
・誰が当選しようと知ったことではない、興味がない
・自分が投票しても世の中が自分の思い通りに変わるとは思えない(自分の行為が決定打にはならない)
・自分が投票しても結果は自分が望んだものと同じになるだろうから、わざわざ行くまでのものでもない
などの思惑が想定できる。特に信任投票的なものは3つめのパターンとなりやすい。例えば候補者が一人しかおらず信任投票の形での選挙が行われた場合、自分が行っても行かなくても同じなら、わざわざいくまでもないじゃん、と考えるのはありがちな話。
今件選挙の8割近くが投票を棄権したというのは「政治にあきらめ」「政治に無関心」というよりは、「誰が当選してもかまわない」という政治意識の薄い人、そして多分には「恐らく結果として当選するであろう上田氏への信任って意味合いになるから、面倒くさいし投票しなくてもいいや」ってことなんだろう。だから単純に8割が投票していないからといって、その8割が全部落選候補に行くとかいう話は、単なる妄想以上のものではない。
これは一般の世論調査でも同じこと。投票していない人は原則白紙投票と同じ意味。結果に一任ってことなんだな。
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