どんなクズの銅像だろうが、公有財産なり私有財産である以上は法が定める手続きにより撤去されるべきだろう。これを「知った事か」と宣う奴は何を守る気なんだろうか。
— 日常への回帰を切に願う枢密院勅令 (@wa8492) June 17, 2020
今米国や欧州で起きている、奴隷関連に少しでも関係がありそうな存在の銅像をもりもりと倒してドヤる動き。自分達が考えている思想に反するものだから、自分達が掲げる正義にそぐわないと判断されたものだから、存在自身が失礼であり破壊されて当然だというもの。これらの動きについて似たような話は歴史上多々あるとか、建てるのも歴史的・政治的意味合いがあるのだから壊されるのもまたさらなりで当然のことだとか、色々と正当化する動きがあるのだけど。
素朴な疑問というか発想として、個人の所有物や公的な存在を、許可も無く撤去どころか破壊する行為を肯定するのは、いかがなものだろうか。そこにどれほどの正当性があろうか、という感はある。これがまかり通るとなると、あなたの家は私にとって気に入らない存在だから火をつけても問題ないとか、あの人は害悪なのでこの世に存在してはいけないという暗殺行為も肯定されてしまう。
いわゆる専門家も有識者も、この一件に限っても、こういうまともな指摘・考え方をせずに、色々と正当化をしている向きがあるのか、ちょっと怖いというか残念さを覚える次第ではある。
コメントする