たまに言ってる事だけど、趣味で蕎麦打ち始めて2、3年でプロ並みに打てるようになるオッサンって割と居るのよ。
— t-risutaku (@risutaku) October 6, 2019
で、勘違いして退職金はたいて「手打ち蕎麦の店」始めて、腱鞘炎になって爆死するの。
それはさ、
『5〜6人前ならプロ並みに打てる』ってだけの話なの。
プロの筋肉が付いてないオッサンが、一人で1日100人前打とうと思ったら水回しだけ手でやって、あとは機械にやらせるか1日限定30食とかにするしかない。
— t-risutaku (@risutaku) October 6, 2019
蕎麦粉だって金砂郷産の高級蕎麦粉を使うわけにはいかない。
カナダ産(決して悪い粉ではない)を使うような妥協も必要になる。
プロの蕎麦職人は、毎日毎日蕎麦粉の状態や湿度を見ながら加水量を微調整して100食分同じように打てるからプロなの。
— t-risutaku (@risutaku) October 6, 2019
水回しや練りをちゃんとやってる自信があるから、のしや切りは機械に任せちゃったりもする。
腱鞘炎になっても素人のオッサンみたいな重症にはならない。
筋肉が違うから。
単純に仕事・成果に対して報酬をもらったら、その時点でプロだという考え方もあるけど。一般的には本当のプロってのはこういうことをいうのだろうな、という話。要は一定水準の品質となる生成物を作るだけでなく、同じようなものを毎日(あるいは求められている期間ごとに)同じような品質で出せるということ。
機械化というと変だけど、つまりはそんな感じで安定した品質を定量出せる継続性があって、はじめてプロだと言える。そうでなければ高品質であっても容易に途切れてしまうから。まぁ、実のところ芸術家のように、超高品質な生成物を不定期に出すというスタイルもあるけど。それは特異な例。それが許容されるような環境や品質でなければならないから。例えば挙げられているそばの例なら、美味すぎて卒倒して一週間は夢に出てくるようなものとか、寿命が1年は伸びるようなものとか。そういうのはプロというよりは匠、達人の領域。
継続性が大切だってのは、つまりはこういうこと。主婦のお仕事にしても然りだよね。
私の仕事でも、アマの人がプロよりも素晴らしい訳を作ることはある。考えられないミスをプロが犯すこともある。ただ、1本、1冊、あるいは1年間訳してみれば、如実に差が表れるように思う。1シーズンを通してみると、プロはある程度の打率を常に保てる。「三振か本塁打」という打者は生き残れない。
— 葛葉 (@Cuznoha) June 30, 2020
スクールで毎週1段落くらいを訳し、先生に毎回褒めてもらえているとしても、本当の意味でプロでやっていけるかどうかは、仕事を探し、請け、納め、請求書を書き、口座にギャラが振り込まれてみなければ、それを数十回繰り返してみなければ、一度何かを失敗してみなければ、わからない。
— 葛葉 (@Cuznoha) June 30, 2020
どのような業界でも、結局プロかどうかは最低限の話として、定期的に成果物を出せるかどうか。一発屋は漫画ならともかく、実社会ではやっていけないのだよね。
まぁ、実のところ「プロ」の定義そのものを別解釈すれば、誰でもプロにはなれるのだけど。
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