心理学における「合理化」の
— ものの腐☆ごりえ (@gorie666) October 8, 2020
典型的な例に見えます自分にはこれ
「やってしまった事が大きすぎて受け止められない」から
「車が悪い」って合理化してるというかhttps://t.co/hGrZFimB82 https://t.co/GYH1SkbS86 pic.twitter.com/FAXK1ODib3
例の池袋での事故の話。直接云々ということはしないけど、心理学上の合理化ではないかとの指摘があったので覚え書きとして。可能性の一つではあるけど、確かにこれならば説明ができる。事実を事実として認めると自分の責の重さで壊れてしまいかねないので自己防衛機能が働き、自分に責はない、だから壊れる必要はないと自分自身をだます作用。これが酷いものになると、自分を常に正当化するという虚言癖になってしまいかねないのだけど。
作者にわざわざ「違法サイトで読んだ」と伝える人間が跡を絶たないのは、(違法であると知らない本物の愚か者を別にすれば)「自分は悪人である」という心の重荷に耐えられないから、「正直に告白したのだから罪は消えた」という安心感を得たいがための、身勝手な自己正当化もあると思う。
— カスガ (@kasuga391) October 8, 2020
いや、「正直に告白すれば罪は消える」なんてことは全然ないからね? むしろ、「厚顔」という新たな罪の上塗りになる場合もあるのだから。
— カスガ (@kasuga391) October 8, 2020
たまたまではあるけど似たような話として、作品を違法に取得したことをわざわざ作者に語る人が存在するのは、単純に違法行為であることを知らないのは別にして、違法行為を認めると自分が悪いという結論に至るので、それを避けるための免罪符として報告しているのではとの話。
もっとも違法品の作者へのアピールって、実反応を見た限りでは、「自分の違法取得を悪業とは思っておらず、単純に買ったのと同様の感覚で感想を述べている」感が強いのだよね。悪い事を悪いと認識していない。その方が怖いのだけど。当方もその類の存在には何度となく遭遇しているし、指摘すると逆切れして正当化する筋もあるからねえ。
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